「何か釈然としませんですね」と、末松信介文部科学大臣。
都立高校入試への英語スピーキングテスト導入の重大な問題点の一つが、国会で明らかとなった瞬間でした。この答弁が行われたのは、2022年3月2日の衆議院文部科学委員会 。立憲民主党の吉田はるみ衆議院議員が、都立高校入試への英語スピーキングテスト導入について質問を行い、問題点として「不受験者の扱い」を取り上げました。
ここで議題になった中学校英語スピーキングテスト「ESAT-J」(イーサット・ジェイ English Speaking Achievement Test for Junior High School Students)は、東京都教育委員会が「東京都中学校英語スピーキングテスト事業」として推進するもので、テストの結果が都立高校入試に活用されます。この「ESAT-J」における不受験者の扱いが、〈当該不受験者の学力検査の英語の得点から、仮の『ESAT-Jの結果』を求め、総合得点に加算する〉となっているのです(教育庁「東京都中学校英語スピーキングテスト事業について」)。
吉田議員は文部科学委員会で、この「不受験者の扱い」によって、スピーキングが苦手な生徒が「ESAT-J」を受験しない事態が発生し得ること、また「受験しないですむ人がいるのはずるい」という声が受験生や保護者からすでに出ていることを紹介し、これでは入学試験の「公平性」や「公正性」は保てないのではないか? と末松大臣に迫りました。それに対する末松大臣の答弁が、冒頭の「釈然としません」発言だったのです。
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末松大臣がそのように発言せざるを得なかったのも当然です。「ESAT-J」は、英語の学力検査にスピーキングの出題がないことを理由に都立高校入試への導入が進められてきました。ところが「ESAT-J」を受けなかった生徒は、学力検査の点数から仮想結果を算出して総合得点に加算するという。ここに根本的な矛盾があるからです。
この吉田議員と末松大臣の一連のやり取りの中に、今回の都立高校入試への英語スピーキングテスト導入の構造的問題が表れています。もともと「ESAT-J」は、都内の公立中学校の3年生を対象とする「アチーブメントテスト(学力テスト)」として設計されたものでした。ですから、都立高校を受験しない生徒も受けることになっているのです。たとえば、22年度の都立高校全日制の総志願者数は4万1489人です。都内の公立中学校の3年生は約8万人ですから、約半数は高校入試と関係なしに「ESAT-J」を受験することになります。
一方、都内の公立中学校以外の生徒は「ESAT-J」の受験対象とはなっていません。ここに高校入試制度としては不備が生じます。都立高校を受験するのは、都内の公立中学校の生徒だけではないからです。少数ですが私立中学校、国立中学校(国立校は地方公共団体が設立する学校ではないので公立中学校にカウントされません)、他道府県の中学校の生徒なども受験します。
22年度以降の「ESAT-J」では、〈都内全公立中学校等(全校)〉というこれまでの対象に加えて〈私立や他県の中学に在籍し、都立高校への入学を希望する生徒も受験可〉となっています(教育庁「中学校英語スピーキングテスト(ESAT-J)の取組状況について」)。この「受験可」という表現にひっかかりを感じます。
「受験可」というのは「受けなければならない」という意味ではありません。先ほども説明したように「ESAT-J」は都内の公立中学校の生徒向けのアチーブメントテストとして設計されていることから、私立・国立の中学校や他道府県の中学校に在籍し、都立高校への入学を希望する生徒に受験を義務づけることはできないのです。「ESAT-J」を受けずに都立高校入試を志願すれば、先ほどの「不受験者の扱い」に該当することになると思われます。
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都立高校入試の出願は、最も早い時期に行われる推薦入試でもその年の1月10日以降です。「ESAT-J」は前年の11月末頃に実施されますが、都内の私立や国立中学校、他県の中学校の生徒が12月以降に都立高校志望を決定し、出願を行うことは認められています。ですから「ESAT-J」の不受験者は、ほぼ確実に出てくることになります。同じ高校入試にスピーキングテストが義務づけられる生徒と、そうでない生徒が混在するのでは「ずるい」と言われても仕方ありません。
入試の「公平性」や「公正性」を維持するには、都内の公立中学校の生徒に限らず、都立高校の志願者全員に英語スピーキングテストを課さなければなりません。そのためにはアチーブメントテストとして設計された「ESAT-J」を、都立高校入試制度へと組み替える必要が出てきますが、そんなことが可能でしょうか?
もしも、この「不受験者の扱い」を現行のままで入試を強行すれば、吉田議員が指摘したようにスピーキングを苦手とする生徒が「ESAT-J」を受験しないという事態が発生することを未然に防ぐことはできません。そんなことが起きたら、都立高校入試制度とそれを実施する東京都教育委員会の社会的信頼は失墜することになるでしょう。
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