この発言は、東京都教育庁による「仮のESAT-J結果」の算出方法の正当性に関わる可能性があり極めて重大です。「ただ今持っておりません」という発言が、「相関性を具体的に示すデータは別の場所にあるが、現在、自分の手元にはない」という意味である可能性もなくはありません(もしそうであっても公の議会で答弁する以上、多くの人々に誤解を抱かせたことは問題ですが……)。
しかし、この発言が額面通り「英語の学力検査の成績とESAT-Jの結果の相関性を示すデータそのものがない」というものであるとしたら、とんでもないことです。
ESAT-J不受験者だけの特例措置として、英語の学力検査の点数からESAT-Jの評価を算出する方法を公平・公正であるべき入試に導入するなら、その妥当性を慎重に検討することは必要不可欠な作業です。もれなくデータを集めて検証することもなく、根拠もあやふやなまま取り決めたのであれば、東京都教育庁は言わば「当てずっぽう」で入試制度を設計したことになります。
もしもそのような内情だとすれば、都立高校を志望する受験生に対し極めて無責任な方策だと言わざるを得ません。都議会は都立学校教育部長の答弁の真意を一刻も早く確認し、しかるべきデータが見つからないようなら今回公表された「仮のESAT-J結果」の算出方法は撤回させるべきです。
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それに、英語の学力検査の成績とESAT-Jの結果に一定以上の相関性が示されたとしても、問題は他にもあります。一つは不受験者の「仮のESAT-J結果」が少ないサンプル数の中から算出されることで、「外れ値=他から大きくはずれた数値」が出やすくなるということです。
都立高校を受験する生徒は毎年約4万人です。その全受験生で見れば、英語の学力検査で同点・同順位となる者は相当数にのぼることが予想できます。しかし現行の制度では、不受験者の「仮のESAT-J結果」は志望校単位で受験生の学力検査結果から算出することになっているため、総数は数百名にとどまり、英語の学力検査で同点・同順位の者も数える程度になることでしょう。
サンプル数が少ないと、例えば英語の学力検査が75点の受験生グループのESAT-Jの平均値が、72点のグループのESAT-Jの平均値を下回るなどの「逆転現象」もかなり容易に起こりうることになります。そうすると、不受験者Xさんが英語の学力検査で75点取ったとしても、その点数に見合った「仮のESAT-J結果」には必ずしも結び付かない、という不合理が出てきます。
また、受験した当人以外の要因で点数が決まる、という不合理もあります。先述のような逆転現象が起きても、不受験生Xさんには手の打ちようがありません。ESAT-Jを受けなかった結果とはいえ、頑張りようのない要因で得点が左右されるのは、入試の原則に反する制度的欠陥だと思います。
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もう一つ、この「仮のESAT-J結果」の算出方法はESAT-J不受験者だけでなく、受験生全体に影響を与えることも問題です。
先ほどの表をもう一度よく見てください。すでに述べたように、この事例では不受験者の「仮のESAT-J結果」はB判定なので、総合得点に16点が加算されます。対して同じ75点だったグループのうち、ESAT-Jの結果がCだった2人の受験生(上から7番目と下から2番目)はそれぞれ12点の加算です。ここで不受験者の総合得点が合否のボーダーラインだった場合、2人の受験生は他の教科で4点以上取り返せないと不合格となってしまいます。不合格になった受験生や保護者は、納得できないのではないでしょうか?
このような話をすると、「算出方法に多少の問題があったとしても、対象となる受験生はごくわずかであるから大した問題にはならない」という反論を耳にします。しかし少数であったとしても、英語の学力検査で点数の高い人が、下位の人より低い評価を与えられる可能性があるということ、そうしたESAT-Jの「不受験者の扱い」によって受験生の力の及ばないところで全体の成績順位が変動し、合否に影響する人が出てくるとなれば「大した問題にはならない」ではすまされないでしょう。
ここまで欠陥が明らかとなった以上、都立高校入試への英語スピーキングテスト導入に固執し続けることは受験生や保護者への背信行為であり、もはや許されるものではありません。6月24日には衆議院会館で「中学校英語スピーキングテスト(ESAT-J)の都立高入試への導入中止を求める院内集会」も開かれます。受験生や保護者、現場教員にこれ以上の混乱や不安を広げないためにも、東京都教育委員会、都教育長、都知事は一刻も早く、都立高校入試への英語スピーキングテスト導入中止を決断してほしいと思います。