学生にとって就職は、自立して家族との距離を取ることができる最大のチャンスです。日本では大学・短大・専門学校の学費が高く、ほとんどの学生は金銭面で親や保護者に頼らざるを得ません。そうした中で、学費は出すけどあとは当人の考えにまかせて「自立」をサポートするという風潮が弱まる一方、経済的援助していることを理由に生活や人生にことごとく口出しするのを当然視する保護者が増えています。
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就職という経済的自立によって、「一人暮らしをする」「親の希望とは異なる自分の人生を選択する」など、保護者との距離が取れるようになることは、家庭で生きづらさを感じてきた学生たちにとっては重要な意味をもちます。オヤカクやオヤオリがそうしたチャンスを潰してしまうとなれば、経済的・精神的虐待に苦しむ学生は救われません。
親世代以上の読者の中には、保護者の干渉に苦しむ学生に対して「親も悪いけれども、それに従う子にも問題がある」とか、「子の自立心が弱いのではないか」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし今の若者が置かれている状況を考えると、その意見はいささか的を外していると思います。
戦後日本の経済成長は、子どもが「親の家から離れる」=「離家(りか)」することを容易にしました。1950~60年代には中学校・高校の卒業者が、労働力として地方から都市圏(首都圏・近畿圏・東海圏)に大量に移動しました。雇用先の多くは、中卒・高卒の労働者に社宅や住宅手当、あるいは一定以上の給料を提供することで、彼らが実家を離れて都市部に住み、生活することを可能にしました。
しかし、90年代以降の経済状況の悪化と新自由主義政策によって、若者の雇用は不安定化し、非正規雇用の増加と若年層の低賃金化が進みました。戦後の日本社会で続いてきたはずの「子世代が親世代より高学歴化して豊かになる」状況が、「子世代が親世代より高学歴化しても貧しくなる」状況へと一変しました。
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子世代の貧困化は、学校を卒業して仕事に就いても「離家」できず、「親同居」を続けるという社会現象を生み出しました。総務省統計研修所の「親と同居の未婚者の最近の状況(2016年) 」によれば、20~34歳の総人口に占める親と同居している若年未婚者の割合は、1980年の29.5%から急速に上昇し、2016年には45.8%となっています。文部科学省の「学校基本調査」によると、近年の高等教育機関(大学・短大・専門学校)への進学率は80%を上回っていますから、これは大学等を卒業しても親と同居を続ける若者が大勢いるということを示しています。中卒・高卒で「離家」が当然のように可能だった時代とは大違いです。
この「離家」に見られる経済的自立の困難が、若者の多くが保護者に依存せざるを得ない社会的条件をつくり出していると私は考えます。親が子の生活や人生にことごとく干渉するようになった状況を考える際に、「親も悪いが従う子も悪い」「子の自立心が弱い」などと心理面のみ捉えると事態を正確に把握できません。卒業後も親に頼らないと生きていけない時代になってしまったから、今の若者は社会人になるにも親の意見を受け入れざるを得ず、自立心をもちにくくなっているという背景を読み取っていただきたいです。
現代の若者が自立するには、それを可能にするための経済的・社会的条件を整える支援を強化することが重要です。具体的には最低賃金の抜本的上昇など低賃金の是正、奨学金返済や住宅費の負担軽減などが求められます。
オヤカクとオヤオリが急速に広がっていますが、その対象となっている学生はすでに「成人」=「大人」です。親(保護者)と子どもは別の人格であり、大人である彼らが自分の人生にとって重要な就職先を自由に選ぶことができないのは、いかなる理由があっても人権侵害だと私は思います。「若者の自立」を実現できない社会は必ず衰退します。オヤカクとオヤオリを実施している企業と、それに関わる保護者、そして日本社会のあり方が問われているのではないでしょうか。