皆さん、「オヤカク」という言葉を知っていますか? 就職内定を出した企業が学生に対し、「親(保護者)の同意を得ているか」、もしくは保護者に直接「学生の内定承諾に賛同しているか」を確認することで、これを行う企業は増加傾向にあります。
2024年2月13日、人材会社の株式会社マイナビが「2023年度 就職活動に対する保護者の意識調査」を発表しました。それによると、「(子の就職活動に際し)企業から内定確認の連絡を受けた」との保護者からの回答は52.4%で、全体の半数を上回っています。18年度の調査では17.7%でしたから、5年間でオヤカクの実施割合は約3倍に増加したことが分かりました。
このオヤカクと合わせて、最近は「オヤオリ」という言葉も聞かれます。オヤオリは「親向けオリエンテーション」の略で、内定辞退や早期離職を防ぐために企業が保護者を対象に実施する説明会のことです。たとえば以前は内定を出した学生のみを集めて行われていた会社説明会が、最近では保護者同伴で実施されるようになっています。
こうしたムーブメントについて、新聞に興味深い記事が掲載されました。「親子で決める、就活の新時代 企業、内定辞退防ぐ『オヤオリ』『オヤカク 』」(朝日新聞、24年2月14日朝刊)という見出しから、これまで当人の意思にゆだねられることの多かった就職が、「親子で決めるもの」に変化したという認識がうかがえます。そして記事では昨今の就活における、企業側と学生・保護者側の双方の事情を探っています。それによると企業側がオヤカクやオヤオリをする理由として、新卒者の「売手市場」の中で何としても内定辞退や早期離職を防ぎたい、という事情が挙げられていました。それに対して保護者側が就活に関わる理由としては、子が就職に失敗することによる経済的リスクや、内定先がブラック企業かもしれないことへの不安などが指摘されています。
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もちろん大学教員である私には、経験上どちらの理由も予想できました。学生と接するようになってから26年がたちましたが、その間、学生に対する保護者の干渉度合いは増加し続けています。「親がこの授業を取るなと言っているので取りません」など、学生が授業やゼミを選ぶ際に、親や保護者の意見を考慮するようなケースが多くなりました。「門限は夜9時と親に決められていて、バイトで遅くなるのだけは特別に許されています」などと、生活管理をされる学生も増えた印象があります。「私のソーシャルメディアでの発信は、親に常に監視されています」と学生から聞いて、驚いたのが今から約10年前です。
そのような潮流の中、当人が就職先を決めても、保護者の反対で他に変えるといった事例は少なくありません。ですから内定辞退のリスクを避けるためにも、オヤカクを希望する企業は多いでしょう。また保護者の側についても、今の社会情勢で子どもの将来に対する心配を考えれば、オヤカクに熱心となるのは簡単に推測できます。
しかし、オヤカクやオヤオリが学生たちの就職活動や、その後の働き方に全面的によい影響を与えることになるのでしょうか? この問題が、TOKYO MXの情報番組『堀潤モーニングFLAG』内の「堀潤激論サミット」というコーナーで「広まる“オヤカク”親は子の就職に関わるべきか?」(2024年2月13日)として取り上げられました。
番組に出演した株式会社ABABA代表の久保駿貴(しゅんき)さんは〈親が介入してしまうことを就活生も了承しているし、それを求めている〉と、オヤカクはすでに当たり前となっているとの現状を捉えていました。そして会社にとっては〈ファンを増やす〉ことだとし、〈会社のことを親にもっと知っていただく〉ことが大事で、〈親も一緒に応援してもらったほうが会社もうれしいし、就活生が入ってからのモチベーションも上がる〉と発言されました。キャスターの堀さんもオヤカクに賛成の意見として、親は〈会社に監視の目を働かせてほしい〉と述べました。過労により亡くなった電通の高橋まつりさんやNHK記者の佐戸未和さんの名前を具体的に出して労働環境の悪化を批判し、〈ブラック企業が多すぎる〉ので〈親は会社にプレッシャーをかけてほしい〉と発言されました。
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「労働環境の改善が重要だ」という堀さんの意見に共感しながらも、私はオヤカクやオヤオリがそこにつながるという点には疑問を感じました。
私は「ブラックバイト」問題に取り組んでいることから、学生たちから相談を受けることがよくあります。話を聞いて、アルバイト先の労働環境に問題を感じた場合は、公的機関や支援団体、労働問題に取り組む弁護士・労働組合を学生に紹介します。しかし、そんな学生たちがアルバイトについて公的機関に相談したり、労働条件の改善に向けて行動を起こそうとしたりする中で、親に反対されて断念するケースが頻繁にあるのです。「職場とはうまくやったほうがいい」「バイト先でもめたことで就活に不利になったらまずい」などと親が子どもを引き止めることが多く、そのことは私がブラックバイト問題に取り組む際も大きな壁となっています。中には親の説得に努める学生もいますが、私が学生を説得するよりもはるかに困難な様子です。
子どもがアルバイト先に待遇改善を訴えようとすることにさえ反対する親たちが、卒業後の就職先に対して「監視の目を働かせ」「プレッシャーをかける」とは私には思えません。もし、そんな親がいたとしても全体の中では少数派でしょう。子どもが職場での不満を打ち明けても、「せっかく入ったのだからもう少し我慢しなさい」「今時は正社員であるだけでもありがたいよ」などと言ってなだめすかし、取り合わない親が現時点では多数派だと私は予想します。
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ブラックバイトをめぐる保護者の言動を考えると、企業が実施するオヤカクやオヤオリの別の面が見えてきます。当人が内定後に辞退したいと考えても、企業が「ご両親は賛成している」として翻意を促したり、親が「先方企業に迷惑をかける」と辞退に反対したりするケースが少なからず出てくると思われます。オヤオリで企業と親との関係性が深まることも、必ずしもよいことばかりとは限りません。当人が職場に不満をもったとしても、企業側が親を丸め込んで抑え込む手段をとる可能性があるからです。
先ほどご紹介した「堀潤激論サミット」では、もう一つ重要な視点が欠けていて、私にはその点もとても気になりました。オヤカクやオヤオリを是とする久保さんも堀さんも、「親子関係が良好である」ということを議論の前提にしているということです。親から経済的・精神的虐待を受けている学生たちの相談を、日頃から数多く受けている私に言わせれば、お二人の主張は、親子関係が悪い場合には全く違う結果をもたらします。
親子関係がよくない学生にとって、就職活動に保護者が関与するということは「意思決定を妨げられる」危険性もあるということです。他の人たちと同様にオヤカクやオヤオリが実施されることで、当人の意思に反して内定辞退がかなわなかったり、内定が取り消されたりするかもしれません。