全国学童保育連絡協議会(全国連協)の「学童保育(放課後児童クラブ)実施状況調査」によれば、学童保育の入所児童数は13年の88万8753人から、23年の140万4030人へと増加しました。こうした入所児童数の増加に対して、学童保育指導員の体制や処遇は十分ではありません。全国連協が18年に週20時間以上勤務する指導員について調査を実施したところ、経験年数5年未満の指導員が約半数を占め、勤務が継続していない厳しい実態が浮き彫りになりました。また指導員の年収も、週20時間以上勤務する指導員であっても約半数が年収150万円未満で、約6割が「ワーキングプア」(働く貧困層)といわれる年収200万円未満ということも明らかとなりました。給食についても同様です。20年の総務省調査によれば、給食調理員の中で非正規雇用の割合は69.8%に達しています。今のまま子どもたちの「夏休みリスク」を乗り越える施策を進めると、学童関連事業に携わる人がワーキングプアに陥るような悪循環を生み出すことになってしまいます。そのため夏休み中の昼食提供は、学童保育指導員や給食調理員の処遇改善、学童保育や給食提供体制の充実とセットで進められるべきです。
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冒頭に紹介したキッズドアの調査で、エアコン代や昼食など生活に直結する課題に加えて、74%もの回答があった「子どもに夏休みの特別な体験をさせる経済的な余裕がない」という点も見逃せません。これは近年、子育て支援の場で注目されている「体験格差」という問題です。体験格差とは、子どもが学校の外で得られる体験機会の格差を意味します。
この体験格差の実態が近年、明らかになってきています。公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンは22年、「子どもの『体験格差』実態調査」を行いました。この調査によれば、年収300万円未満のいわゆる「低所得世帯」では子どもたちの「体験」が平均的に少ないことに加えて、子どもたちの約3人に1人は体験の機会が過去1年間で一つもない「ゼロ」の状態にあることが明らかとなっています。
この体験格差が促進されるのが夏休みです。夏休みに有料の「塾、スポーツクラブ、自然体験」などに通う子どもがいる一方で、困窮子育て家庭の子どもたちはそれが不可能な状態に置かれています。このことは夏休みが体験格差を広げる時期であることを意味しています。これも「夏休みリスク」の一つと言えるでしょう。
キッズドアの調査によれば、夏休みに予定しているアクティビティのトップは「地域の夏祭り、バザーなど」(25%)で、海水浴や家族旅行は 1 割未満にとどまっています。そして、半数超が「特に予定しているものはない」と回答しています。私が子どもの頃には、夏休みの思い出の体験を絵日記として提出する宿題が出されていました。体験が「ゼロ」の子どもは、そうした宿題が出た時にどう対応すればよいのでしょうか?
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こうした体験格差は、昼食の提供のような子どもの健康や命に関わる課題よりも後回しにされてきた感があります。子どもが十分に食べられないことは、多くの人にとって切実な問題だとすぐに理解できるのに対して、体験格差については「よいことではないけど、それくらいはやむを得ない」とか「食べられないことに比べれば深刻な問題ではない」と思われる方もいらっしゃるかも知れません。
しかし私は、体験格差が「やむを得ない」ですむ問題とは思いません。なぜなら、子どもの時にいかなる体験をするかということは、本人の情動のあり方や物の見方、視野の広がりに大きな影響を与える可能性がとても高いからです。物事に興味をもつためには、その物事をまず知らなければいけません。知らないことには興味をもつこともできないからです。子どもの体験が不足するということは、本人の興味関心や視野を狭め、意欲をもちにくくする危険性があります。
体験格差を是正するにはどうすればよいでしょうか? 子どもの体験にかかる費用を補助しようという民間団体や自治体も出てきています。そうしたサービスや制度の利用も一つの方法ですが、最も望ましいのは、子どもの体験の場となる公共施設を活用することです。
公共施設の最もよいところは、無償または安価に利用できることです。夏休み中に公共のスポーツ施設、図書館、博物館などを子どもたちが利用しやすいように整備することです。児童館や公民館、青少年教育施設(青少年自然の家など)などを活用することも重要です。これらの施設は近年、全国的に減少傾向にありますが、子どもたちの「夏休みリスク」を乗り越えるために、むしろ充実させることを提案します。
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公共施設以外の場として学校施設もあります。現場の教職員の負担にならないよう予算と人員を十分に確保した上で、学校の体育館、図書室、教室を開放することも一つの方法でしょう。
体験格差の是正のためには、体験場所の確保に加えて、体験場所への送迎や付き添いの支援が重要です。キッズドアの調査によれば、有料の塾に通わせない理由、有料の習い事をしていない理由のトップはいずれも「経済的負担が大きい」となっていますが、2番目の理由は「塾の送迎ができない」(32%)、「習い事の送迎ができない」(30%)となっています。ひとり親家庭は、経済的困難に加えて、子どもを送迎するための時間的リソースを割くことが困難です。こうした家庭の子どもたちの体験格差を是正するためには、現存するファミリーサポート(自治体が行っている子育て支援事業)の充実に加えて行政による送迎手段の確保、地域のバス会社やタクシー会社との連携などが課題となります。
子どもたちの「夏休みリスク」の深刻化は、貧困家庭やひとり親家庭の増加、子育てに大きな時間的リソースを割くことが可能だった専業主婦の急減などによって、これまでの「家族依存」による子育てが限界に来ていることを示しています。したがって今後は、「家族依存」から「社会で子どもを育てる」システムへと移行を進めるべきです。