2020年4月7日、安倍晋三首相は東京など7都府県を対象に法律に基づく「緊急事態宣言」を発し、4月16日に対象を全国へと拡大。5月4日には緊急事態宣言の実施期間を5月31日まで延長すると決めました。緊急事態宣言によって始まった「外出自粛」と「休業要請」は、日本社会の雰囲気を一変させました。
新型コロナウイルスの感染拡大で引き起こされた「コロナ災害」は、学生アルバイトを直撃し、大学などに通う若者たちの生活を追い込んでいます(第5回「新型コロナが若者の生活を直撃! 急増する『バイト難民』」)。そうした中、苦しんでいる当事者である学生自身から声が上がりました。
4月初旬から、大学に対して学費の減額や説明を学生が求める署名活動が、大学単位で始まりました。署名活動が行われた大学は、5月1日時点で193校に達しています。4月後半にはそれぞれの動きが合流し、「一律学費半額を求めるアクション」が4月24日に結成されました。「一律学費半額を求めるアクション」は同日からインターネットで国による一律学費半減と大学などへの予算措置を求める署名を呼び掛け、4月29日までに1万663筆のネット署名を集め、4月30日に文部科学省に要望書を提出しました。
また、高等教育の無償化に取り組む学生団体「高等教育無償化プロジェクトFREE」は、新型コロナウイルス感染拡大が与える影響について、全国の大学生や短大生、大学院生ら1200人を対象に調査を行いました。4月29日に発表した調査結果によると、「退学を考えている」と答えた学生が20.3%に上り、22日の中間報告の7.8%から倍以上に上昇しました。この「5人に1人以上が退学を検討」という調査結果はマスコミで報道され、多くの人々に衝撃を与えました。
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学生たちが声を上げたことを受けて、大学側でも学生支援の動きが始まりました。例えば明治学院大学(本部・東京都港区)は4月21日、新型コロナウイルス感染症により学生が経済的な困難に陥らないよう、オンライン授業の受講環境整備の一時金として在学生全員に一律5万円の支給、学納金の納入期限延長、奨学金の支給を発表しました。また、早稲田大学(本部・東京都新宿区)は4月24日、「新型コロナウイルス感染症拡大に伴う緊急支援金」の名目で総額5億円の支援を決定しました。
時事通信社の調査によると、独自の経済支援策を講じる大学が4月30日時点で100校超に上ることが判明しています。名目としてはオンライン授業に向けた通信環境整備費や生活費の補助などです。全学生に一律で支援する大学は約70校で、金額は1万~5万円が多いとのことです。
5月1日時点で193校という、これほど多くの大学の学生が学費について声を上げたのは、1980年代以来のことです。80年代以来、30年以上もの長い間行われてこなかった学費についての活動が今回、これだけ大きく広がったのはなぜでしょうか?(※)
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第1に、コロナ災害による経済の停滞で、アルバイト先の休業やシフト減など学生生活を成り立たせないほど深刻な影響を与える事例が多数登場したからだと思います。学生アルバイトをとりまく状況は、アルバイトの主たる目的が趣味やサークルなど「自分で自由に使えるお金」を稼ぐものであった1980年代~2000年の頃とは、全く違っています。
学費の上昇、親からの経済支援の急激な減少、奨学金制度の悪化によって、学生アルバイトは「それがなければ学生生活を続けられないお金」を稼ぐためのものへと変わっています。日々の交通費、通信費、食費、教科書代、各種講座費用、留学費用、自動車免許取得費用、就職活動のための交通費、そして近年は学費そのものの支払いと、学生がアルバイトによって支払う費目は増加し、負担額も上昇し続けています。近年、社会問題となっている「ブラックバイト」は、こうした背景の下に発生しています。
かつてのように「お金が必要となった時にバイトをする」ではなく、多くの学生が「4年間、常にバイトをし続けなければ生活が厳しい」状況になっているのです。そのため3~4月にかけて2カ月間アルバイト収入が減ったり、ましてなくなったりすれば、たちまち窮地に追い込まれることになります。だからこそ、多くの学生から切実な声が上がったのだと思います。
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第2に、アルバイトの減少とオンライン授業準備のための大学の休校が、学生たち一人ひとりが思考し、他の学生と交流する時間を生み出したからだと思います。
大学で学生と接していると、彼らの多くがとてつもなく多忙な日常を過ごしていることを痛感します。自宅から通学時間が片道2~3時間の学生は珍しくありませんし、部屋を借りれば住居費の負担が重くのし掛かります。1日にだいたい3~5コマの授業に出席し、授業終了後にはアルバイト先に直行する学生が多数派です。アルバイトは深夜まで及ぶことが少なくありませんから、社会人以上に多忙でゆとりのない生活をしている学生が大勢います。
私が学生であった1980年代には、大学生の時期は社会に出る前の「モラトリアム(執行猶予)」とよく呼ばれていました。そこには、大学生とは厳しい実社会に出る前に、一定の「自由とゆとりを与えられた存在」という意味が込められていました。しかし、現在の学生にそんな「自由とゆとり」はありません。自分の学生時代とは全く異なる、余裕のない生活を強いられている彼らを見ていて、私は申し訳ないという気持ちに襲われることがしばしばあります。
コロナ災害によって引き起こされたアルバイトの減少と大学の休校によって、通常では与えられていなかった「時間」が学生に提供されました。そのことが彼らの思考と行動を生み出すことを可能にしました。収入減少による「生活困窮」という大きな苦難を伴ってはいたものの、それによって生み出された時間はとても貴重な価値を持っていることが分かります。学生にとって最も価値ある「時間」がこれまで徹底的に剥奪(はくだつ)されてきたこと、今回の学生の行動は、そのことをも逆照射しているように思います。
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学生たちの行動は大学だけでなく、国会をも動かし始めました。立憲民主党、国民民主党、日本共産党、社会民主党の野党4党は5月11日、「コロナ困窮学生支援法案」を衆議院に提出しました。授業料の半額免除(実施した大学には免除分を国が負担)、アルバイト減収分を最大20万円の一時金で緊急支援、貸与型奨学金の返還免除(2020年度分)と画期的な内容を含んでいます。
しかしこの動きに対して、またもや萩生田光一文部科学大臣の問題発言がありました。5月10日に放送された「日曜報道THE PRIME」(フジテレビ系)で、学費減免策について質問された萩生田大臣は、「私、順番が違うんじゃないかと思う」と国から大学への財政支援よりも大学の自助努力を強く求め、「ちょっと皆さん、目、覚ましていただいてですね」と返答しました。これは「教育の機会均等」を実現すべき自らの責任を放棄し、困窮に苦しむ学生からの切実な声に耳を塞ぐ態度だと思います。
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2024年6月25日修正