いよいよ2022年が始まりました。
前回の本連載「新教科『情報』がもたらす激震」では、大学入学共通テスト(共通テスト)に導入が計画されている新たな教科をご紹介しましたが、実は都立高校の入学者選抜にも今、大きな変化が起きようとしています。1年後の22年度に実施される入試(23年度入試)から、東京都内の全公立中学校等の3年生に対して「中学校英語スピーキングテスト」を実施し、その結果を都立高校入試に活用する予定となっているのです。
活用されるのは、東京都教育委員会(都教委)が東京都中学校英語スピーキング事業で進めている中学校英語スピーキングテスト「ESAT-J」(イーサット・ジェイ English Speaking Achievement Test for Junior High School Students)です。都教委は通信教育や出版事業を手がける株式会社ベネッセコーポレーションと協定を結び、事業主体は都教委、運営主体はベネッセという位置づけで共同実施します。
東京都が報道発表した資料によると、都立高校の受験生は22年11月27日(予備日12月18日)に「ESAT-J」を受験し、23年1月中旬に受験した生徒と中学校に結果帳票が渡されます。中学校は「ESAT-J」の結果から6段階評価(A~F)を、生徒の調査書に記載します。そうしてこの調査書が23年2月上旬、生徒の志願先の都立高校へ提出されます。
さて、この都立高校入試への英語スピーキングテストの導入は、果たして適切といえるでしょうか?
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この「ESAT-J」について、私は多くの点で疑問があります。何よりもまず「公平で正確な採点ができるのか?」という疑問です。英語のスピーキングを客観的に評価するには、膨大な時間と手間がかかります。特に採点者が複数の場合には、採点基準について詳細なすり合わせを行うことが必要不可欠であり、各学校内での試験の採点ですらとても煩雑です。
「ESAT-J」を受ける東京都の公立中学3年生は、全部で約8万人にのぼる予定です。約8万人分の音声による解答を、22年11月末~23年1月中旬までの約1カ月半で採点しなくてはいけません。採点は、これまで実施されてきたプレテストと同じくフィリピンで行われることになっていますから、東京〜フィリピン間のデータ輸送にかかる時間を差し引くと、さらに採点時間は短くなるでしょう。そんな短期間で公平かつ正確な採点を行うことは、とても困難であると思われます。
これに関連して疑問が残るのは、「ESAT-J」の問題作成過程、採点業務の運営体制や実務内容、また採点者が一体どんな人たちであるかがはっきりしないことです。この点については東京都議会でも議論となりました。
21年に開催された第2回東京都議会定例会で出された「星見てい子議員の文書質問に対する答弁書」の中で、東京都中学校英語スピーキングテスト事業について次のような質問と回答がありました。以下、一部を抜粋してご紹介します。
〈質問〉都教育委員会は、東京都中学校英語スピーキングテスト結果を、2022年度は都立高校入学者選抜に結果を活用する予定と発表し、保護者・教育関係者から「透明性や公平性が担保できない」と反対の声があります。都教育委員会から入手した東京都教育委員会とベネッセコーポレーションの実施協定書の別紙である実施計画(令和3年度)では、問題があると指摘してきた「採点業務における対策」が黒塗りになり内容が確認できません。個人情報ではないものが、なぜ非公開になっているのですか。
〈回答〉運営体制、問題作成、採点業務等については、テストの公正・公平な運営上の機密事項に当たるため、公表することはできません。
〈質問〉フィリピンで採点を行っている組織の名前と経営形態を伺います。学力評価研究機構と、この組織はどのような契約関係ですか。約8万人もの生徒の音声を採点するために、何人雇用されていますか。また、どのような雇用形態で、どのような専門性が担保されているのかを伺います。
〈回答〉組織名と経営形態、雇用人数については、テストの公正・公平な運営上の機密事項に当たるため、公表できません。採点は、スピーキングテスト採点に習熟した常勤の専任スタッフが、フィリピンで行います。専任スタッフは、高度な英語力を有しており、TESOL等英語指導の専門的な知識を身に付けていることを示す国際的な資格を取得しています。加えて、採点業務に関する研修を受講し、修了テストに合格した場合のみ、採点業務に従事することとしています。
運営体制、問題作成、採点業務については何も公表されず、ここから分かるのは採点者が「常勤の専任スタッフ」であり、フィリピンで採点が行われるということだけです。「スピーキングテスト採点に習熟した」「高度な英語力」「TESOL等英語指導の専門的な知識を身に付けていることを示す国際的な資格」「採点業務に関する研修を受講し、修了テストに合格」という言葉だけでは、採点者の質を客観的に示す証拠とはなりません。
入学試験の採点は、最大限の公平性と正確さが要求されます。試験の運営体制、問題作成、採点業務のあり方を可能な限り開示し、どのような能力を持った採点者がどのような基準で信頼性のある評価を下し、その評価が妥当かどうかを誰がどのようにチェックするのか、採点ミスが起きた場合にはどう対処するかなどが、入学試験実施前に明らかにされる必要があります。それなしに、スピーキングテストを導入することは許されないと思います。
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