学校の先生が足りない――そんな悲鳴が全国から聞こえるほど、日本では教員不足が依然として深刻です。2023年5月、この問題の解決を政府に求める緊急集会が国会内で開かれ、教員増員や処遇改善を求める提言が発表されました。
遡ること22年1月、文部科学省は「『教師不足』に関する実態調査」の結果を公表しました。この調査は67の都道府県・指定都市教育委員会と大阪府豊能地区教職員人事協議会の計68機関を対象としており、全国を網羅しています。21年度の公立学校の始業日時点と5月1日時点について調査が行われました。
その結果、始業日時点における教師の不足数は小・中学校2086人、高等学校217人、特別支援学校255人の計2558人となっています。そして5月1日時点では小・中学校1701人、高等学校159人、特別支援学校205人の計2065人でした。
23年5月、教員や研究者らによる「#教員不足をなくそう緊急アクション」が、全国公立学校教頭会の協力を得て、教員不足についての調査結果を発表しました。小学校1243校と中学校542校から回答を得たこの調査では、小学校の20.5%、中学校の25.4%で教員が不足しているとの結果が出ました。各地の副校長、教頭が任意で回答した調査なので、教員不足で困っている学校ほど積極的に声を上げたことは想像にやすく、実際より高めの数字が出ている可能性はあります。それにしても、かなりの数の小・中学校が回答していますから、教員不足が深刻な状況になっていることは明らかです。
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それでは教員不足に困っている現場は、どのように対応しているのでしょうか?
教育現場での対応で、まず目立つのは「臨時免許状」の活用です。臨時免許状とは教員免許の一つで、普通免許状を持つ人を採用できない場合に限り、各都道府県の教育委員会が教職員検定合格者に3年間の期限付きで交付できる助教諭免許です。この臨時免許状の交付数が増加しています。NHK WEB特集「教員確保の“切り札” 『臨時免許』増加のワケは?」(2023年5月)の取材調査によれば、22年度の臨時免許状の交付数は1万572件に達し、正確な記録が残っている12年以降、最も多くなったことが分かりました。
次に、教員免許を持っていない社会人にも、教員採用試験の受験を認める動きが広がっています。埼玉県は24年度の公立学校教員採用試験において、民間企業等で5年間の本採用勤務経験がある人を対象とした「セカンドキャリア特別選考」を新設しました。これによれば、教員免許がなくても教員採用試験を受けることが可能となります。また、東京都では40歳以上を対象に、教員免許なしで教員採用試験を受けることができる「社会人特例選考」を22年度から導入しました。さらに23年度からは、この年齢要件を大幅に引き下げて25歳以上とし、対象を拡大しています。
並行して教員採用試験の前倒しも進められています。東京都では23年度から1次試験の教職教養と専門教養を、大学3年次等から受験できるようにしました。富山県でも24年度から小学校教員採用試験(一般選考)の1次検査が大学3年次に受験可能となりました。川崎市では23年度から、大学の推薦を得た3年生を対象に小学校教員採用試験の特別選考を新設し、事実上の内定が決まる2次試験の結果を同年の10月中旬に発表予定としています。
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この臨時免許状の活用、教員免許なしでの採用試験受験の容認、採用試験の前倒しは、いずれも教員不足を解消するために進められている政策と見ることができます。しかし、これらの政策は教育現場にとって、望ましいものと言えるでしょうか?
臨時免許状の活用は、教育の質を引き下げる危険性が高いと思われます。例えば先のNHK WEB 特集では、小学校の教員不足に対し、中学校や高校の教員免許取得者に臨時免許状を交付するケースが多いとありました。しかし中学校や高校の教員免許取得者はほとんどの場合、特定の教科を教える免許だけを持っています。そんな人が小学校の先生となって、さまざまな教科を十分指導するのは容易ではないでしょう。また、中学校や高校の教員に採用されたとしても、本来教えられる教科以外を教えるのは、専門性の点から疑問符が付きます。
教員免許なしでの採用試験受験の容認も、問題が大きいと言えるでしょう。社会人経験があるだけでは、教員として必要な知識や能力などの条件を満たすことにはなりません。本制度では埼玉県、東京都ともに、合格後2年以内に教員免許を取得することが条件になってはいます。その2年間で、大学の教職課程と同レベルの育成ができるかどうかには大きな疑問を感じます。
教員採用試験の前倒しはおそらく、教員採用の決定が一般企業の内定時期よりも遅いことから、試験日程を少しでも早めることで教員志望者を確保することが狙いでしょう。しかし、この政策も弊害が予想されます。4年制大学での教職課程は、2年次から本格的にスタートすることが多いのです。1年次には一般教養課程として語学や各学部ごとの必修科目を中心に履修するため、教職課程の科目を多く履修することはカリキュラム上困難です。もしも3年生で教員採用試験を受けるつもりなら、教職課程の履修が始まったばかりの2年次から試験対策を始めるというスケジュールになりかねません。それでは採用試験の準備に追われて、本来学ぶべきさまざまな科目をじっくり学ぶことができなくなるおそれがあります。
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こうした私の意見について、「教員不足がこれだけ深刻なのだから、人数を揃えるためにはやむを得ない政策だ」と考える人もいるでしょう。確かに、学校で学ぶ子どもたちにとって「先生がいない」というのは「あってはならない」深刻な事態ですから、教員を確保するための緊急措置が一定程度求められることは間違いないでしょう。
しかし、臨時免許状の活用、教員免許なしでの採用試験受験の容認、採用試験の前倒しなどの政策は、すでに述べたように教育現場に悪影響を与える危険性こそあれ、教員不足を根本的に解決する術にはなり得ません。なぜなら、これらの政策は教職課程や教員免許の価値を引き下げるものに他ならないからです。
現在の教員不足に至った要因は、給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)による不当な待遇や、部活動の過熱等による労働環境の過酷化、政治や社会からのバッシングがもたらした「教員という存在」「教育という仕事」に対する価値の低下にありました。09年に導入され短期間で廃止となった「教員免許更新制」という愚策も、教員に対するバッシングを原動力として成立したことは記憶に新しいところです。
将来の社会の担い手を育てる必要性は感じていても、「教員」や「教職」の価値がないがしろでは、意欲を持ってこの仕事に就こうという人が増えることはないでしょう。これまで述べてきた、教員の人数を揃えるためだけに教職課程や教員免許の価値を引き下げるような政策に依存することは、長期的にはますます教員志望者を減らし、教員の質の低下や教員不足を深刻化させる危険性が高いと思います。
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