毎年正月を飾るスポーツイベントといえば、1月2日と3日に2日間かけて開催される箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝競走)でしょう。2024年の第100回大会は、青山学院大学が2年ぶり7度目の総合優勝を果たしました。テレビやインターネット配信で観戦した人や、コースの沿道で応援された人も多いのではないでしょうか? テレビ中継の世帯平均視聴率も、往路26.1%、復路28.3%(24年/ビデオリサーチ調べ、関東地区)と高かったことから、今や日本で最も人気のある学生スポーツ競技会の一つと言っても過言ではありません。
今年、私は青山学院大学の優勝シーンをテレビで観ながら、最近読んだ酒井政人著『箱根駅伝は誰のものか 「国民的行事」の現在地』(平凡社新書、2023年)の内容を思い出していました。この本は、自らも箱根駅伝のランナーを経験した著者が、歴史を振り返ったうえで現在の箱根駅伝のあり方について考察を行ったものです。
この本には、興味深いデータが多数登場します。たとえば、これまでの大会最高記録とシード権(総合成績上位10校に与えられる、翌年大会に予選会なしで出場できる権利)獲得タイムの推移は以下の通りです。
〈第75回大会(99年)/11時間07分47秒 11時間29分47秒〉
〈第87回大会(11年)/10時間59分51秒 11時間13分23秒〉
〈第98回大会(22年)/10時間43分42秒 10時間58分46秒〉
※左 : 大会最高記録、右 : シード権獲得タイム
わずか23年の間に大会最高記録は24分05秒、シード権獲得タイムは31分01秒も速くなっていて、箱根駅伝が急速に「高速化」していることが分かります。特に総合10位の成績にあたるシード権獲得タイムの記録向上は著しく、第98回大会の同タイムは第87回時の大会最高記録さえも上回っています。強豪とされる大学だけでなく、参加大学全体のレベルの「底上げ」が相当進んでいるのです。
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こうしたレベルの向上には、箱根駅伝に参加する各大学が近年、出場する学生の育成に力を入れていることが影響しているでしょう。全国各地から有望な若者をスカウト等で集め、優秀な監督やコーチの元でトレーニングを行ってきた成果が表れているのだと思います。スポーツにおいて記録が順調に向上するのは素晴らしいことです。箱根駅伝は人気だけでなく、記録までもが順調に向上しているのですから、その点では学生スポーツ競技会として理想的な発展を遂げているように見えます。
しかし、箱根駅伝に関わる「すべての学生」について考えると、そこには弊害や危険性も見えてきます。これだけの記録向上が短期間で急速に進んでいるということは、長距離走に長けた学生陸上部員の層が、各大学で質・量ともに分厚くなっていることは間違いありません。ということはチーム内にもライバルが多く、頑張ってきても箱根駅伝に出られない学生が必ずいるはずです。また中学、高校時代に有力な選手であったにもかかわらず、大学に入ってからは成績が振るわず活躍できない学生、または怪我や故障によって出場をあきらめざるを得ない学生も少なからずいることでしょう。
「そんなのは箱根駅伝に限らず、どの学生スポーツ大会でも当たり前のことであって、問題にするのはおかしい」という意見もあります。確かに同様のことは他の学生スポーツでも見られますが、冒頭でご紹介したように箱根駅伝は大学スポーツ競技会の中でも格段に人気があります。どの選手も中学校や高校時代から長期にわたって努力とエネルギーを長距離走に注いできたでしょうし、大学入学までの間に一定以上の成績をあげてきた人たちばかりです。それだけに彼らの挫折感は、相当大きいだろうと予想されます。
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特に私が心配なのは、箱根駅伝だけを目指して努力してきた学生たちが、挫折した場合のその後の進路です。「スポーツ推薦入試」の拡大によって、中学・高校時代に部活中心の生活を送り、学業が二の次でも競技成績などが評価されれば箱根駅伝に参加する大学に入れる可能性は高くなっています。志望校に入学したものの、一般入試で入学した同期生との学力差を感じることは免れないでしょう。しかも入学と同時に厳しい育成トレーニングが始まるのですから、学業で遅れをとらないようにすることは至難の業です。
箱根駅伝で結果を残した学生たちは、卒業後も実業団チームをもつ企業からスカウトされるなどして就職できることが広く知られています。一方、選手として活躍できなかったり、まして怪我や故障で陸上競技が続けられなくなった学生たちは、そうした形での進路決定は困難でしょう。学業とスポーツをバランスよくこなしてきた学生ならともかく、大学入学以前、そして入学以後も陸上競技以外に力を注ぐことができなかった学生たちが他の進路を見つけることは、容易ではないと思います。
箱根駅伝で好成績を収めた学生たちの将来も順風満帆とは限りません。大学卒業後に実業団チームなどでアスリートを続けられるとしても、一部のトップ選手を除けば「陸上競技に関わりながら一生食べていく」ことができる人は決して多くはありません。駅伝中心の大学生活を送ったことで、卒業後に必要な能力を身につけることができずセカンドキャリアを形成できなかったり、職場や社会生活のさまざまな場面で苦しむことになったりする人も少なくないのではないかと危惧します。
学生長距離ランナーとして挫折し、卒業後の進路が制約された彼らは、ある意味で箱根駅伝ブームの「被害者」と見ることもできます。当然ですが、大学はスポーツ選手の養成所ではなく教育機関です。箱根駅伝の「過熱」が数多くの挫折者を生み出したり、競技中心の学生生活が彼らの卒業後の進路を強く制約したり、その後の人生に悪影響を与えたりすることになっているとすれば大きな問題です。この点については、客観的な調査と分析が必要でしょう。
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もう1点の弊害が、箱根駅伝を目指している学生と一般学生との格差拡大です。箱根駅伝の記録向上がなぜ進んだのかについて、『箱根駅伝は誰のものか』の中で私が注目したのは次の記述でした。
〈授業料免除はもちろん、なかには大卒の初任給を超えるような“奨学金”を提示する大学もある。
どのチームも食事面からしっかりしており、当時と違って、アルバイトをしている学生はひとりもいない。よくいえば競技に集中できる素晴らしい環境だ。ただ、箱根駅伝ランナーは、「普通の学生」からは遠ざかっている。〉
授業料免除に加えて奨学金の給付が得られること、食事面でも配慮がなされ、アルバイトをする必要は全くなく、学生が「競技に集中できる素晴らしい環境」が提供されていることが、箱根駅伝の記録向上をもたらす大きな要因の一つとなっていることは間違いないと思います。この本で著者の酒井政人氏はご自身の経験から、〈大学時代、授業料免除はあっても、奨学金を出している大学は非常に少なかった〉 と証言しています。酒井氏は1977年生まれですから、大学駅伝の選手だったのは90年代半ばから後半です。わずか20年ちょっとの間で育成選手となる学生への奨学金(給付)が普及したことは、箱根駅伝に参加する大学の多くが資金の面でも力を注ぐようになった表れでしょう。