2024年1月13・14日、「令和6年度大学入学共通テスト」が実施されました。2月1日からは東京都内の私立中学校入試も始まり、世間は本格的な受験シーズンに入っています。
大学入試と言えば、23年11月29日に文部科学省が「令和5年度国公私立大学・短期大学入学者選抜実施状況の概要」を発表しました。この報告書には、前年度に実施された国公私立大学の入学者選抜について、一般選抜、学校推薦型選抜(推薦入試)、総合型選抜など選抜方式別に実施状況がまとめられています。それらのデータを見て私が驚いたのは、入試においてこれまで多数派だった「一般選抜」の割合が低下していることでした。23年度の国公私立大学の入学者総数は62万4615人。このうち一般選抜による入学者数は29万9050人で、入学者総数の半分にも満たない約47.9%となっていたのです。
特に私立大学では入学者総数49万1706人に対し、一般選抜による入学者数が19万5049人で、入学者総数の約39.7%と4割以下になっています。一方、推薦入試による入学者数は20万3375人で、入学者総数の約41.4%と一般選抜の割合を上回っていました。また近年、急速に入学者数が増えている「総合型選抜」による入学者数は8万5204人となり、入学者総数の約17.3%に達していました。
このことは、日本では主流と思われていた「同一試験日に同じ学力試験を受けて大学に入学する」という受験のスタイルが、いつの間にか多数派ではなくなり少数派への移行が進んでいることを意味します。大学入試にも「多様化」の波が来ていると言えるでしょう。
◆◆
こうした入試の多様化は、最近始まったことではありません。文部科学省の「大学入学者選抜実施要項」において推薦入学制度が公認されたのは、今から50年以上前の1967年です。同年の推薦入学実施大学数は38校にとどまっていましたが、その後93年には481校、2011年には722校へと急増しました。
総合型選抜の前身である「AO入試」は1990年、慶應義塾大学の総合政策学部・環境情報学部が全国で初めて導入しました。AO(アドミッションズ・オフィス)入試とは、学力試験の代わりに高校での成績や小論文、面接などで志願者を評価し、「どのような学生に入学してほしいか」という大学のアドミッション・ポリシー(入学者受け入れ方針)に合致する人物を選抜する方法です。90年代以降、このAO入試が多くの大学・学部に拡大する中で、「学力を問われない入試」というイメージや批判が広がったことを受けて、学力も含めて総合的に見ていこうと2021年度入試から総合型選抜という名称に変更されました。
このように、入試の多様化は半世紀以上かけて普及してきました。受験競争の過熱を引き起こすとして、「学力試験偏重の画一的な選抜システムと、画一的な基準による序列」に対する批判が多方面から行われてきたことが、その主たる要因だといえます。しかし今日における入試の多様化については、それがもたらしている弊害を明らかにし、根本から再検討する必要もあると思います。
◆◆
まず入試の多様化は、「学力試験偏重の画一的な選抜システム」は変えたものの、もう一つの批判の的「学力試験偏重の画一的な基準による序列」については、それを揺るがし突き崩すことに成功したようには見えません。推薦入試や総合型選抜は、特に難関と言われる国立大学では、未だ学力試験による一般選抜の補完的な役割しか与えられていないようです。しかも難易度の高い大学ほど、推薦入試や総合型選抜でもさまざまな形で学力試験を実施しています。
日本社会において大学の社会的威信の序列は、模擬テストの成績に基づく難易度で測られた一般選抜による入学者の学力水準で決まる、という傾向が根強く保持されています。よって推薦入試や総合型選抜で入学してくる人の学力も、一般選抜の偏差値の影響を色濃く受けています。
また、授業料収入を主財源としている私立大学においても、偏差値は依然として重要な指標となっています。しかし少子化により18歳人口が急減する中で、従来通り学力試験主体の入学者選抜を続ければ、志願者の減少から受験倍率が下がって偏差値も低くなり学生離れをもたらします。それを避けるには推薦入試や総合型選抜の枠を増やし、一般選抜の定員を減らすのが近道となります。一般選抜以外の枠を増やす傾向は、受験生が集まりにくい大学に多く見られるように思われがちですが、実は偏差値上位の大学でも導入が進んでいるのです。
そこには大学間の競争も影響しています。たとえば、ある有名大学が一般選抜を維持したいと考えても、周辺校がこぞって一般選抜枠を削減すると、偏差値を保つのに推薦入試や総合型選抜の枠を増やさざるを得なくなってきます。結局、推薦入試や総合型選抜は一般選抜の偏差値序列を揺るがすどころか、むしろそれを支える機能を果たしています。少なくとも「学力試験偏重の画一的な基準による序列」を揺るがし、それらを突き崩す役割を果たしているとは言えないでしょう。
◆◆
次に問題となるのが、入試の多様化が受験生に与える多大な負担です。入試の多様化がここまで進む以前は、受験生は高校3年間の教科学習の延長上で大学入試の準備をすることが比較的容易でした。しかし今日では、大学や学部によって選抜方法や試験科目が大きく違ってきているため、進路志望先を早めに決めないと受験準備で不利になる危険性が高まります。文系にするか理系にするか、どの学部・学科にするか、国公立大学か私立大学か、大学入学共通テストを受けるかどうか、一般選抜、推薦入試、総合選抜型のどれを選ぶかなどをできるだけ早く決定することが求められます。決めてしまえば受験準備は進めやすくなりますが、その後の進路変更はより困難になるというジレンマも抱えることになります。
高校教育も入試の多様化の影響を受けています。総合型選抜は一般選抜や推薦入試よりも早い9月1日から出願が始まり、11月1日以降に合格発表が行われます。国公立大学の後期日程入試は翌年3月中旬に行われ、合格発表は同月後半です。秋口に進学先が決まる生徒がいる一方で、翌春の3月後半まで受験が続く生徒もいることになります。高校3年の1~3月は以前から授業や学校行事が手薄になる時期でしたが、最近ではそうした傾向が前倒しされ、高校教育の空洞化を助長しています。さらに進学校では、入試の多様化が授業カリキュラムにまで影響を及ぼします。受験準備の早期化・多様化・細分化などを引き起こし、中には1年生の頃から進路に応じたクラス・コース分けを行う学校もあり、共通の基礎教養を学ぶための「高校普通教育」の形骸化は深刻となっています。
同じように、大学にも大きな負担をかけています。入試業務を専門職員が行うアメリカやヨーロッパ諸国の大学と違い、日本の多くの大学では作問や試験監督、採点などを大学教員が担当します。入試の種類が増えれば作問数が増え、試験監督や採点の負担も増加します。よって入試の多様化は、大学教員にも負担増加をもたらします。特に秋口以降は、入学試験の業務負担から大学教員の研究・教育のエネルギーが大きく奪われることが少なくありません。
◆◆