2024年9月10日、東京大学の学務システム(履修手続きや成績閲覧など主に学務・教務用に使われる学内LAN)の情報欄に、「授業料改定案及び学生支援の拡充案」がアップされました。そして翌11日には同大学のホームページにも「授業料改定案及び学生支援の拡充案について」(本部広報課)が掲載され、東京大学における学費値上げ案が正式に発表されたことになります。
本連載の第56回「都知事選も終わった。次は学費値上げとの戦いだ!」で書いたように、東京大学は24年7月中旬に授業料値上げを発表する意向をもっていました。しかし、学生たちによる機先を制した反対運動の広がりで、7月時点での発表は見送りを余儀なくされたのです。
そうした中で今回の値上げ案発表となったわけですが、その後の動きは実に早く、9月24日には授業料を国が定める最大幅の20%値上げをして年額64万2960円(現行53万5800円)とすることが正式に決まりました。学部生は25年度から、大学院生(修士課程)は29年度入学生から改定後の授業料が適用され、博士課程の授業料は据え置きとなるようです。また授業料値上げと合わせて、授業料免除の対象を世帯年収600万円以下の学生に広げるなどの支援拡充策も公表されました。値上げ案の発表からここまで、わずか2週間でした。
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学費値上げの発表同日、藤井輝夫総長は公示文「『授業料改定及び学生支援拡充』の決定について」を出しましたが、その中には〈学生との「総長対話」および学生アンケートを実施し、そこで寄せられたさまざまな意見・質問にも真摯に対応〉とありました。しかし実際には、同年6月21日に行われた「総長対話」は、学生から対面での開催が再三要求されたにもかかわらずオンラインで実施されました。しかも発言する学生には厳しい制限時間が課され、大学側の応答に再質問することは困難な設定とされていました。その後、大学側は対話が不十分だったことは認めましたが、学生が強く求め続けた対面での対話には応じることなく、総長対話はこの1回のみで終わったのです。
大学当局による学生へのアンケートも、実施はされたものの8月23日に公開された回答は多く寄せられた質問に対してまとめて答える形になっており、質問した学生に個別回答するような内容にはなっていませんでした。
そして学費値上げ案の発表が9月10日、正式決定が24日というスケジュール。ちなみに、東京大学の後期授業開始は10月2日です。つまり値上げ案の発表から決定までのプロセスは、すべて学生の夏休み中に行われたことになります。そもそも今回の学費値上げには、教員からも「議論が拙速」という意見が出されていました。このように総長対話のあり方、アンケートの取り扱い、値上げ決定に至るまでの短い期間を考えると「さまざまな意見・質問にも真摯に対応してまいりました」とはとても言えないでしょう。
〈今後、部局等を個別に訪問し、学生ならびに教職員のみなさんへの説明を引き続き行っていきます。その際には、個別事情に配慮した学生支援への対応に向けて具体的な状況を教えていただきたいと考えています〉という一文にも大きな疑問を感じます。今後も引き続き学内で理解を求めるということは、現時点では学内構成員への説明が終わっていないことを意味します。そうであるなら、決定は延期すべきではないでしょうか?
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私が藤井総長の公示文で最も大きな問題だと感じるのは、学費値上げで直接影響を受けるだろう受験生へのメッセージがないことです。25年度の大学入学共通テストの出願期間が9月25日〜10月7日であることからも予想できるように、9月下旬というのは多くの受験生が、すでに志望校を決定している時期です。共通テストも含め大学入試はそれぞれの学校で個性があり、試験科目や配点も学校ごとに異なります。9月下旬以降に志望校を変更するのは容易ではありません。この時期の学費値上げが、受験生やその家族に大きな動揺や不安を与えることは間違いないでしょう。
東京大学は9月10日、学費値上げについての記者会見を行いました。藤井総長は、授業料引き上げによる増収分(28年度末での概算年間13.5億円)の活用目的を「教育学修環境改善」とし、当面の間取り組む事項に「学修情報の可視化・全学の学修環境の整備」「学修基盤の強化・充実」「専門分野を超えた学術資産活用の強化」「インクルーシブキャンパスの実現」「グローバル体験等の強化・拡充」を挙げました。
この増収分の使途についても疑問を感じます。教育学修環境改善として挙げられた取り組み事項は、授業料の値上げを短期間に強行してまで進める必要があるほど、学生にとって緊急性のあるものには見えません。
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特に大きな疑問は、今回の学費値上げによる増収活用額が、これらの取り組み事項に必要な想定金額を大きく下回っていることです。たとえば「学修情報の可視化・全学の学修環境の整備」についての年間必要額66億円に対し、割り当てられる増収活用額は6.2億円、「学修基盤の強化・充実」は同51億円に対し4.8億円となっており、いずれもごくわずかな割合となっています。これで学費値上げを急ぐ必要があると言えるでしょうか? 値上げの必要性を説明する根拠としては、極めて不十分であると思います。
東京大学が公表した「授業料改定案及び学生支援の拡充案について」には、〈高等教育におけるグローバルな競争が激しさを増すなかにあって、学生のための教育学修環境の改善は、「待ったなし」である〉とあります。「待ったなし」とは大学が発表する文書の表現としてあまりにも下劣で強い抵抗を感じますし、同大学の財務構造を考えれば今回の学費値上げは、ここでいう「グローバルな競争」に見合ったものとならないことは明らかです。
東京大学の「令和5年度財務情報」によると、当年度の経常収益は2680億6300万円でした。そのうち多くを占めるのは、運営費交付金収益812億6700万円(経常収益の30.3%)、受託研究等収益721億8800万円(同26.9%)、附属病院収益565億4300万円(同21.1%)です。授業料等収益は166億5400万円で経常収益の6.2%に過ぎません。
さらに今回の学費値上げによる増収は、23年度の経常収益からすると0.5%の割合ですから、大学財政に与えるプラス効果はごくわずかであることが分かります。たったそれだけの増収に対し、「グローバルな競争」を理由として挙げるのは明らかに不適切でしょう。
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とすれば、なぜ今回の学費値上げを短期間で強行したのでしょうか? そこには別の理由があるように感じました。