私は、今回の学費値上げは「国際卓越研究大学」再応募に向けての条件整備という裏事情があったのではないかと思います。文部科学省は22年、国際卓越研究大学として認定した数校の大学に、世界最高水準の研究大学育成のため創設されたファンドの運用益から毎年数百億円を助成する仕組みを定めました。23年には東北大学が選ばれ、東京大学は落選しました。
国際卓越研究大学に求められるのは「稼げる大学」です。特許など知的財産で利益を上げ、研究成果を企業の製品化に生かして投資を呼び込むことなども意図されています。確かに国際卓越研究大学に認定されれば、運営側のメリットは十分です。しかし東京大学のような国立総合大学には研究によって「稼ぐ」ことが可能な分野もありますが、そうでない分野も多数あります。「稼げる大学」へと突き進むことは、一方で研究の多様性を奪い、「学問の自由」を危機に追い込むことにもつながりかねません。
その認定審査を行った「国際卓越研究大学の認定等に関する有識者会議(アドバイザリーボード)」は、東京大学に対して以下のような指摘を行いました。以下は大学作成の報告書からの引用です。
〈大学全体としての変革を求める本制度の趣旨に鑑みれば、研究力が国内でも高いポテンシャルを有する大学として、既存組織の変革に向けたスケール感やスピード感については必ずしも十分ではなく、工程の具体化と学内調整の加速・具体化が求められる。今後、構想の具体的内容を学内の多くの構成員が共有し、 全学として推進することが確認できれば、認定候補となりうると考える〉
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国際卓越研究大学の制度設計は、学内民主主義を軽視し、上意下達のトップダウン型の組織を志向しています。学生や教職員の声を十分に尊重しない、今回の東京大学の学費値上げのプロセスは、国際卓越研究大学の制度設計に沿ったものだと言えるでしょう。
また、同報告書には次のような一文もありました。
〈大学全体のマネジメントに重要なツールであるデータ一元化などの取組についても更なる具体化が期待される〉
この「データ一元化」は、学費値上げの使途としてトップに挙げられた「学修情報の可視化・全学の学修環境の整備」に当たるように見えます。つまるところ今回の学費値上げは、学生のための学修環境の整備というよりは、国際卓越研究大学の認定審査で受けた指摘に応えようとしたものではないでしょうか。
東京大学の学費値上げは、反対する学生や教員の声を十分に尊重しなかった点で、そのプロセスに大きな問題があったことは間違いありません。それに加えて値上げの根拠が不明瞭なまま、ここまで拙速に進めたことは大学当局が「学問の自由」や「大学の自治」よりも「国際卓越研究大学=稼げる大学」に向けて前のめりになっている姿を示しているようです。
今回の問題は今後、全国の大学に影響を与えるでしょう。その影で日本を代表する高等教育機関である東京大学が「稼げる大学」へと暴走することは、「学問の自由」によって支えられている批判的言論の力を奪い、日本の市民社会の基盤を崩壊させる危険性も孕んでいます。なので声を上げた学生たちの行動は、学費値上げに反対するだけでなく、日本社会を揺るがす深刻な事態が起きていることに警鐘を鳴らしたという点で、より大きな意味があると私は思います。
学費値上げに反対した学生たちの声に耳を傾け、どう受け止めていくべきか? このことが私たちに問われています。