三浦 実は私もそう信じています。広島を舞台にした柳田邦男さんの『空白の天気図』や、梯久美子さんの『原民喜』、堀川惠子さんの『原爆供養塔』など、ノンフィクションで積み重ねてきた人々の記憶は、私たちや私たちの社会にとって本当に貴重な財産です。こうした財産を無視していきなり新しいところに入っていこうとしても、やはり難しい。戦争体験者の話を直接聞くことができなくなってくるなかで、そこを取材しようとする人は、まずはしっかりと先人たちが築き上げてきた作品を読み込んで、その上でいま提示すべきものは何なのかを見定めていくことが、今後より重要になってくると思います。私も戦後90年、100年にむけて、戦後80年に生きた書き手の一人として、次世代に引き継げるような作品を残せていけるように取材をしていきたいと考えています。
番外 三浦英之さんが選ぶ「戦争ノンフィクション」4冊
『李香蘭 私の半生』(山口淑子、藤原作弥、新潮文庫)
学生時代に読んで、人の人生とはこれほどまでに壮絶なものなのかと数日間眠れなくなった作品。東條英機、甘粕正彦、川島芳子との親交。李香蘭と呼ばれた山口淑子さんの人生そのものが、もう一つの「世界史」になっている。生前、山口淑子さんと短い間お付き合いをし、「蘇州夜曲」を生で歌ってもらったことが、私の一生の「宝物」になっています。
『一銭五厘たちの横丁』(児玉隆也、ちくま文庫)
戦時中に東京下町で撮影された出征兵士たちの写真を頼りに、一銭五厘の赤紙で徴兵された「氏名不詳」の人々のその後を訪ね歩いていくルポの金字塔。私がルポライターを名乗り、市井の人々を訪ね歩いて作品をつくっているのは、著者の児玉隆也さんの影響です。
『散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道』(梯久美子、新潮文庫)
新聞記者になってから読み、作品が持つテーマの強さだけでなく、「どうしてこの人はこんなに文章がうまいのだろう」と絶望感すら抱いた思い出の一冊。梯さんの作品は『原民喜 死と愛と孤独の肖像』(岩波新書)も、『狂うひと―「死の棘」の妻・島尾ミホ―』(新潮文庫)も、最近の『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』(文春文庫)も、本当に文章が上手で引き込まれる。事実をいかに伝えていくか、作品を読むたびに深く考えさせられる作家。
『暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』(堀川惠子、講談社文庫)
現代のノンフィクション界で、梯さんと双璧をなす書き手。どうしてそんな事実に出会えるのか、どこからそんな資料を発掘するのか。それらのファクトを土台として、奥行きのある物語を構築していく。『原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年』(文春文庫)も、『戦禍に生きた演劇人たち 演出家・八田元夫と「桜隊」の悲劇』(講談社文庫)も、そのあまりの取材力に打ちのめされるので、私自身、自信を失っているときにはあまり読まないようにしているくらい……。