安田浩一さん(左)と三浦英之さん(右)
戦後80年の今年、『1945最後の秘密』(集英社クリエイティブ)を刊行したルポライターの三浦英之さんと、昨年『地震と虐殺1923-2024』(中央公論新社)を刊行したジャーナリストの安田浩一さんとが初対談。それぞれの著作や、「台湾少年工」「クルド人差別」そして佐野眞一とノンフィクションについて、縦横無尽に語り合った。
『1945最後の秘密』と『戦争とバスタオル』
三浦 今年は戦後80年の節目です。「あの戦争」についてはさまざまな伝え方があると思いますが、私はこの夏、敗戦直後に秘密裏に実施された「満州国最後の極秘計画」や、新潟で実際に決断された「原爆疎開」など、これまで日本ではほとんど知られていないファクトを詰め込んだ『1945最後の秘密』という本を出版しました。安田さんも「あの戦争」に関する作品をいくつも発表していらっしゃいますが、私にとっては金井真紀さんとの共著『戦争とバスタオル』(亜紀書房)がとりわけ印象に残っています。国内外のお風呂をめぐり、お二人の柔らかな掛け合いや、タイや韓国のおばあちゃんとの世間話から、しっかりと戦争が見えてくる。今までにないスタイルの「戦争本」だなと思いました。
安田 三浦さんの新著『1945 最後の秘密』も、「戦争本」の一つかと思います。ですが、戦争を知る人々の記憶を並べただけの安直な記録集ではありません。戦争の時代を生きた、いや、同書における三浦さんの言葉を借りれば、人々が「どう生きようとしたか」という「意思」に向き合った、貴重なノンフィクションだと感じました。たとえば「原爆疎開」を決断した新潟県知事の話など、私はまったく知りませんでした。その覚悟に触れるために家族を取材し、さらには知事が残した横浜の公園で、三浦さんはあの時代に多くの先人が願ったであろう「未来」に思いを寄せる。ヒリヒリするような戦争の風景がふわっと浮き上がってきます。
三浦英之さんの『1945 最後の秘密』(集英社クリエイティブ)
ところでご紹介いただいた『戦争とバスタオル』に関して言えば、共著者の金井さんとは以前から友人で、「お風呂が好き」という共通の趣味がありました。当初は、世界中のお風呂をめぐって「お風呂ガイドブック」を作ろうという企画だったのですが、世界中をめぐる取材費を出すのは難しいということになって……。たまたま別件で二人ともタイに行く仕事があって、「それじゃ、タイのジャングルに露天風呂があるから行ってみよう」ということになり、金井さんとバンコクで落ち合ったんです。その際、バンコクから温泉近くのカンチャナブリーへ向かう鉄道というのが、旧日本軍が敷いた旧「泰緬鉄道」(現・タイ国鉄南本線ナムトック支線)でした。その鉄道建設のために、連合国軍の捕虜やアジア各国から徴用された「ロームシャ(労務者)」と呼ばれた人々が過酷な労働を強いられたり虐待されたりして、数万人の命が奪われた。そしてそのジャングルの中にあるのが、日本軍が整備したと言われる温泉だったんです。
三浦 安田さんはその温泉につかって、こう書かれています。「捕虜を酷使し、虐待し、殺してきた日本兵もまた、人間だった。一瞬の至福のために、風呂をつくった。(中略)つかの間の幸福を味わいながら、彼は思ったであろうか。望んだ戦争だったのか。望んだ虐待だったのか。彼は、人を殺したかったのか」。つまり、兵隊として戦場に行って、現地の人を虐殺したことは、どう考えても悪に違いない。でもそういう時代ではなかったとしたら、彼は本当に虐殺をする人間だったかと言えば、それは違うだろう、と。ここに安田さんの人間に対する視線の優しさを感じました。
安田浩一さんと金井真紀さんの共著『戦争とバスタオル』(亜紀書房)と安田さんの『地震と虐殺』(中央公論新社)