警察や出入国管理に関わる法執行機関が、客観的な証拠や個人の行動ではなく、人種・民族、肌の色、国籍や出身国に基づいて、職務質問、捜索、身元確認、捜査及び逮捕といった犯罪捜査を行うこと。欧米社会で頻繁に行われる、アフリカ系住民をはじめとする非白人住民を標的とした行為を指して、この用語が用いられるようになった。ブラック・ライブス・マター運動の契機となった、アフリカ系アメリカ人のジョージ・フロイドさんを白人警官が殺害した事件(2020年)によって、生命、身体に危害を加える違法な暴力行使の背景として、日本でも広く知られるようになった。
レイシャル・プロファイリングは、犯罪抑止にほとんど効果がなく、むしろ特定の人種グループ及びその地域社会において法執行機関に対する信頼を損なうことで、犯罪捜査を阻害する要因となっているとの指摘もある。さらに、法執行機関による人種差別的な捜査が社会的偏見を強め、ヘイトスピーチ、ヘイトクライムを誘発しているとの指摘もなされている。
背景には、法執行官個人が持つ人種的マイノリティに対する偏見があることはもとより、法執行機関が歴史的に形成してきた差別的文化、それに基づき形成されてきた制度や方針がある。
例えば、アメリカの警察機関の歴史は逃亡奴隷の追跡と監視を行う組織から始まる。また警察は、19世紀以降には人種隔離政策の執行を担い、20世紀中頃には公民権運動を抑圧する職務を執行していたことが指摘されている。
レイシャル・プロファイリングは、人種差別撤廃条約が各締結国に課している、人権保障と差別禁止義務に違反している。国連人種差別撤廃委員会は2020年に「法執行官によるレイシャル・プロファイリングの防止およびこれとの闘いに関する一般的勧告36号」を採択。同勧告は、「締約国は、レイシャル・プロファイリングが行なわれずかつ促進されないことを確保する目的で自国の政策および法令を見直す義務を負う。締約国には、法律、政策および制度を通じて差別を撤廃するための積極的措置をとる義務がある」と明示している。
日本はどうか。2006年、栃木県で、非正規滞在を余儀なくされていた元中国人技能実習生(当時の制度では研修生)が、職務質問を行う警察官から逃れようとして抵抗し、射殺される事件が起きた。フリージャーナリストの安田浩一は、発砲した警察官の外国人に対する偏見が事件の背景にあったのではないかと指摘している。2010年には、警視庁公安部が都内のイスラム教徒等を日常的に監視し、個人情報を収集していたことが発覚した。そして2021年12月、アメリカ大使館がTwitterで、日本の警察によるレイシャル・プロファイリングについて警告する投稿を行った。
名古屋出入国在留管理局の施設に収容されていたウィシュマ・サンダマリさんが2021年3月に死亡した事件では、入管側が詐病を疑っていたことをうかがわせる経緯が、後に作成された報告書に記されている。入管施設で過剰な制圧や拘束が行われ、その結果、被収容者が骨折等の大けがを負う事件が相次ぎ、死亡するに至った深刻な事件もある。出入国管理に関わる法執行でも、人種的偏見に基づき収容中の処遇が行われている可能性が否定できない。
日本の法執行機関にも、かつての植民地支配という歴史的背景があり、そこから、組織的、構造的な問題が生み出されている。戦前に警察組織や出入国管理を統括した内務省は、在留朝鮮人を治安上の脅威となり得る潜在的に危険な民族集団とみなし、その身体的特徴を詳細に記して日本人との識別に「活用」するための資料を作成、配布していた。警察の業務のひとつが、在日朝鮮人の管理・統制だったのだ。特別高等警察(特高)は在日朝鮮人の民族運動、労働運動等を敵視し、徹底的に監視、弾圧した。戦後、内務省は解体されたが、ほとんどの官僚は公職追放を免れて、戦後の公安警察、そして入管行政に従事することになった。
かつて入国管理局(現在の出入国在留管理庁)の高官を務めた池上努は、その著書『法的地位200の質問』(1965年)で、公然と、外国人の処遇は「日本政府の全くの自由裁量に属することで、国際法上の原則から言うと『煮て食おうと焼いて食おうと自由』なのである」と書いていた。日本が人種差別撤廃条約に基づく、レイシャル・プロファイリングの禁止・予防措置をとるためには、こうした戦前からの歴史的経緯を総括する作業が必須だろう。