一般に、人種、民族、宗教、言語、性別などを動機として、特定の集団(マイノリティ)を差別し、暴力を加え、排除する目的をもって、その集団を中傷または侮辱し、または社会に向けて教唆、扇動、宣伝する言動を言う。定訳はないが、「憎悪言論」「憎悪扇動表現」、あるいは「差別煽動」「差別的憎悪表現」との訳語が用いられる。憎悪による殺人等の暴力的側面に着目した「ヘイトクライム(憎悪犯罪、差別に基づく犯罪)」と重なる法概念とされる。
国際法としては、1966年に国連総会で採択された「市民的政治的権利に関する国際規約」第20条で人種差別的憎悪の唱道(主張)を法律で禁止すべきことが掲げられている。2013年には、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)が、第20条の解釈基準として「ラバト行動計画」を採択した。ヘイトスピーチの規制と表現の自由の保障は両立するという内容である。
1965年の国連総会で採択された人種差別撤廃条約第4条は、特定の人種の優越性の宣伝や人種的憎悪及び人種差別の宣伝及び団体の処罰を掲げた。2013年、国連人種差別撤廃委員会は第4条の解釈基準として、「人種主義的ヘイトスピーチと闘う」ことを掲げた「一般的勧告35号」を採択した。
各国の国内法について言えば、150カ国以上にヘイトスピーチ処罰法があり、処罰法を持たない国はほとんどない。犯罪実行行為として定められている内容で分類すると、①中傷、侮辱、嘲笑などの差別表明型、②名誉毀損型、③「アウシュビッツのガス室はなかった」のような歴史否定型、④脅迫型、⑤迫害型、⑥ジェノサイド扇動型――などがある。
また、これらの立法には、口頭発言、文書、印刷物、ポスター、放送等の手段・方法を明示するものと、手段・方法を問わないものがある。近年はインターネットによるヘイトスピーチを明示して禁止する例が増えている。
憎悪の動機(保護される対象)は人種、国民、民族、宗教、皮膚の色、性別が代表的であるが、言語、カースト・家系、イデオロギー、出生場所、居住地、ジェンダー、性的志向、社会的地位、障害、年齢を明示する立法もある。
刑罰は1年以上3年以下の懲役(刑事施設収容)とする国が多いが、5年以下の懲役(マケドニア、パキスタン、セルビア)、6年以下(アルバニア)、15年以下(セントルシア)などもある。
21世紀に入って国境紛争、宗教対立、難民発生、資源紛争などによるヘイトクライム/スピーチの激化が国際社会の重要課題となり、ラバト行動計画や一般的勧告第35号の採択につながった。
日本においても21世紀に入ってヘイトスピーチが注目され、政治的、社会的な課題となった。2009年の京都朝鮮学校襲撃事件、12~13年の新大久保ヘイトデモ、13年以後の川崎ヘイトデモが耳目を集めたことにより、16年、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(ヘイトスピーチ解消法。ヘイトスピーチ対策法とも)が制定された。憲法第21条の表現の自由を根拠に、ヘイトスピーチへの刑事規制は見送りとなった。
地方自治体においては、ヘイトスピーチを繰り返してきた団体によるヘイト目的の集会のために公共施設を利用させることの可否が論じられ、19年、川崎市はヘイトスピーチ対策を含む「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」を制定した。
日本では、ヘイトスピーチ規制と表現の自由の保障は矛盾すると考えられがちだが、国際社会では両者は矛盾しないと考えられている。表現の自由保障とヘイトスピーチ刑事規制は矛盾しない。マジョリティの表現の責任(憲法12条)とマイノリティの人間としての尊厳と表現の自由(憲法21条)をともに配慮し、ヘイトスピーチを規制することによってこそ、表現の自由を適正に保障できる。
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