日米豪印安全保障対話(Quadrilateral Security Dialogue)の略称。「自由で開かれたインド太平洋」を実現するため、安全保障に関する共通の課題についての協力の推進を目的とする、日本、アメリカ、オーストラリア、インドの4カ国の協議枠組みのこと。2021年3月に初めて首脳会議が行われた。
4カ国の協力は、2004年12月に発生したインド洋大津波に際しての国際援助ネットワーク「Tsunami Core Group」に遡る。緊急援助を迅速かつ効率的に実施するために臨時に結成された協議体で、多国間の調整と行動の新しいあり方を提示した。
この4カ国の組み合わせは、2000年代後半から2010年代にかけて、アジア太平洋地域の国際関係の変容に伴って意味を持ち始めた。2007年5月にマニラで開催されたASEAN地域フォーラム(ARF)で、4カ国は非公式の会議を開催した。9月には米印合同演習「マラバール」に日本、オーストラリア、シンガポールが参加した。同年8月、インドを訪問した安倍晋三首相(当時)は、インド国会で「2つの海の交わり(Confluence of the Two Seas)」をテーマに演説し、インドと日本のパートナーシップを強化することによって、太平洋からインド洋に至る広大な地域にアメリカやオーストラリアを巻き込んだネットワーク、「拡大アジア」が成長するとの期待を表明した。
こうした動きが、めざましい経済成長を背景に地域で存在感を増す中国を念頭に置いていたことは間違いない。事実、中国は4カ国協力に強く反発し、各国とも中国との関係を重視したために、それ以上の協力関係には発展しなかった。
太平洋からインド洋に至る空間を「インド太平洋」というひとつの地域としてとらえる傾向は、2012年ごろからアメリカやオーストラリアでもみられるようになった。さらに4カ国の間では、日米、米豪の同盟関係を中心に2国間関係が緊密化するとともに、2010年代半ばごろからは日印米、日印豪といった3カ国間の関係が発展した。軍事演習の強化・拡大などを通じた軍種間交流も進んだ。中国に対抗する意図を露わにした安倍首相(当時)の4カ国協力構想である「セキュリティ・ダイヤモンド」構想(2012年12月に発表)はそのまま受け入れられることはなかったものの、4カ国間のさまざまな協力関係が構築されるなかで、「4カ国」協力の土台が次第に形成されてきた。2017年以降は、ASEAN関連の会議やアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)の機会に4カ国の局長級会合が設定された。2019年からは閣僚級会合が開催されるようになり、2021年3月には首脳会議が実現した(コロナ禍のためテレビ会議方式)。
2021年9月にワシントンで、初めてクアッド4カ国の首脳会議が行われた。会議では、新型コロナウイルス感染症、インフラ、気候変動、人的・教育交流、新しい重要技術、サイバーセキュリティ、宇宙分野での協力の推進が確認されている。グローバルなパワーバランスに直結する問題が扱われているが、その一方で4カ国以外の諸国、とりわけ中国との協力が排除されているわけではない。「自由で開かれたインド太平洋」構想についても、クアッド外相会合ではASEANの一体性と中心性、ASEAN主導の地域枠組みへの支持が打ち出されるなど、中国との対抗を前面に押し出さないように配慮されている。4カ国の中国との関係や米中対立への向き合い方はそれぞれの国で一様ではなく、共有できる目標、協力可能な分野を探る継続的な試みのなかで、「インド太平洋」地域に法の支配に基づく秩序を推進する基盤が形成されると思われる。