完全食は完全栄養食とも呼ばれ、通常であれば主食・主菜・副菜等で摂取する種々の栄養素を簡便に得られる、代替食品の一種である。代替食品の市場が拡大した背景には、食材を購入し、栄養バランスのとれた献立を考えて調理するという従来の食のあり方を「無駄や負担が大きい」と捉える考え方がある。
完全食の登場は、シリアルやエナジーバー等、栄養摂取を第一義に食の合理性を追求する流れの一環に位置付けられる。特定の栄養素やカロリーの摂取を目的とする従来の補助栄養食品と異なり、各メーカーによれば、完全食の特徴は人間が健康的に生きるために必要とされる多種類の栄養素をバランスよく摂取できる点にあるという。自炊ではなかなか行き届かなかったり、外食やジャンクフードで偏りがちになったりする栄養バランスを補完する可能性もあるだろう。ただし、何をもってして完全食とするかは、2024年2月現在、明確な規定はない。
完全食の先駆けは、アメリカのスタートアップ企業であるソイレント社が開発し、2014年から販売されている「ソイレント(soylent)」(登録商標。以下、青字部分は同)だと言われる。粉末、ドリンク、バーという3タイプのラインアップがあるソイレントは、2016年に食中毒のような症状を起こすとして粉末とバータイプを販売中止としたが、その後、原材料を見直してアメリカ、カナダで販売を再開している。ソイレントは、単にそれひとつで健康維持に必要な栄養素を過不足なく摂取できるだけではなく、植物性の原材料を使用することで環境負荷を抑えられ、リーズナブルな価格(たとえば、チョコレート味のドリンクタイプ12本セットの定期購入により1本あたり約3USドル)で提供できるとうたっている。ソイレントに限らず、海外で販売されている完全食は、オーガニックの原材料やリサイクル容器を使用するなど、サステナブルであることをアピールする傾向があり、広い意味での「未来食」のイメージを醸成している。
完全食は、多忙なオフィスワーカー、栄養バランスへの関心が高い層、ダイエット中の人、スポーツをする人など幅広い層に関心を持たれており、国内でも、ベースフードの「BASE BREAD」や日清食品の「完全メシ」をはじめ、パン、パスタなどの麺類、クッキー、グミ等、様々な形態の商品が販売されている。
ただし、完全食はその名称ほど完全であるというわけではなく、ドリンクタイプ等の完全食のみの食事は咀嚼機能の低下を引き起こしかねず、また商品によってはカロリー不足にもなるという懸念もある。
認知度が上がっている一方で、完全食の実際の利用者はそれほどでもない傾向も見られる。ネットリサーチ会社・マイボイスコムが2022年に実施した調査では、日本での完全食の認知率は、「現在利用している」、「現在は利用していないが以前利用していた」、「どのようなものか内容を知っているが、利用したことはない」、「聞いたことがある程度」と回答した人を合わせると全体の6割弱で、2019年実施の調査時(約4割)より上昇している。
しかし、利用経験者は回答者の約6%(「現在利用している」が2.5%、「現在は利用していないが以前利用していた」が3.4%)と低調であり、2019年調査(2.7%)より増えているとはいえ、完全食を認知しているが利用していない層が大半を占めている。こうした調査から、完全食への疑義がまだまだ根強く、また栄養以外の食の価値(味や食感、香りや見た目などを追求する、精神的に満たされる、誰かと食の楽しみを分け合うなど)もじゅうぶんに認められていることがうかがえる。