この国では、一匹狼のプロゲーマーとして生計を立てることはとても難しい。プロゲーミングチームに所属している〈チョコブランカ〉や〈ももち〉でさえ、個人でイベント運営などをするには多くのハードルがあるという。そこで彼らは「忍ism(シノビズム)」という新会社を設立し、人とゲームをつなげるための事業に乗り出した。ゲームを仕事として続けていくうえで、なぜ起業が必要となったのか? 今回はそのいきさつや仕事内容について紹介する。
自分たちの活動を大きくしたい
私はゲームをなりわいにして、もうすぐ7年になります。そしてゲーム関連の事業を行う会社を起業してからは2年が経ちました。どちらも並行してやりながら、毎日を全力で生きているわけですが、今回はプロゲーマーとしての私ではなく、会社経営者としての姿などを少しお話ししようと思います。私が普段はどんな仕事をしているのか、どんな会社を経営しているのか――をまとめてみました。
私は夫であるプロゲーマー〈ももち〉こと百地祐輔と共に、2015年11月に株式会社「忍ism」を設立しました。起業した理由を簡単に言うと、個人ではやれることに限界があることを知り、「活動をより大きく広くしたり、やりたいことを現実にしたりするには起業する必要がある」と感じたからです。
この国において“個人”は、とても社会的信用度が低いです。ですから、BtoB(Business to Business 企業同士の関係)でないと取引できない会社が多いです。それまで自分たちが手作りでやってきたイベント運営をよりよく、より大きくしようと動き始めた時に、ひしひしとそれを感じる場面に多く遭遇し、起業に踏み切るきっかけとなりました。
会社を起こし、とにかくいろんな“自分たちのやりたいこと”に投資しました。
まずはイベントの企画運営をメーン事業としたのですが、当初はとても事業と呼べるようなものではなく、自分たちがプロゲーマーとしての活動で蓄えてきたお金(大会での獲得賞金など)を使ってイベントを実施していました。そしてそれらは、多くのゲーム仲間たちのサポートがあって成り立っていました。
自分たちが好きな格闘ゲームコミュニティーをより活発にしたい。プレーヤーたちが交流できる場を増やしたい。そんな思いで皆と始めたイベントは、誰でも気軽に参加できるように参加費無料としました。さらに、初心者から上級者まで一緒に楽しめる空間にするため、お祭りのようなイベントにすることを心掛け、名称は「Tokyo Offline Party」にしました。
参加プレーヤー、協力スタッフと一緒にこのパーティーを作り上げていき、当初は参加人数100人規模のイベントだったものが、300~500人の規模にまで大きくなりました。このイベントは毎年2、3回開催しており、今年も開催する予定です。
というわけで18年も「Tokyo Offline Party」は絶賛準備中です。
若いプレーヤーを育てていこう
さてさて。イベントを開催するとなると、いろいろとやらなければならないことがあります。
ざっくりお話しすると、まずは企画・提案書の作成をします。そのイベントをどのような目的のために開催して、どのような内容で実施するかを設定します。そして会場を探し、使用するゲームタイトルの発売元に許諾申請をします。それから、協賛企業に機材のレンタルなどのご協力をお願いし、イベント開催を実現できるよう進めていきます。
それと同時に、いつもイベント開催のために協力してくれるプレーヤー仲間たちとの相談も始めます。運営準備について話し合い、機材準備、スタッフ集め、Web番組やサイトの制作、会場レイアウトの作成、イベントタイムスケジュールの作成、スタッフ配置設定、エントリー準備、トーナメント準備などを手分けして進めていきます。
イベント開催前日には機材搬入準備をし、いよいよ当日は早朝から搬入、設営、そして本番運営。無事にイベントが終了したら、後片付けをして機材搬出。イベント終了後は、報告書を作成し、各所に提出。これが大まかなイベント運営の流れで、このようなことを仲間に支えてもらいながらやっています。
こうした自主イベント運営と同時に、私たちは16年から「育成企画」という事業を始めました。これは格闘ゲームを頑張っている若いプレーヤーを支援する事業で、プレー方法などを〈ももち〉が指導したり、練習や大会参加に掛かる費用を会社で負担したり、海外の大会に一緒に連れていったり、といったような内容です。格闘ゲームコミュニティーの未来への投資の一つと考えています。
というのも日本で格闘ゲーム、特に「ストリートファイター」(カプコン)をやっているプレーヤーの平均年齢が近年高くなってきていて、このままでは自分たちの好きな格闘ゲームがなくなってしまうのではないか、と危機を感じたのです。現在、日本の代表的なプロ格闘ゲーマーの多くは30代です。そして小・中学生で格闘ゲームをプレーする子は非常に少なくなっています。
募集の結果、まずは14歳から20歳まで3人の若い男の子が育成選手となりました。
育成企画に応募してくれた中学生の子に「クラスに格闘ゲームを一緒にやる友達はいる?」と聞いたところ、「いないですね。僕の学校には格闘ゲームをやる人は全然いないです。だからこの育成企画に応募させてもらいました。練習相手が欲しいです」との返答がありました。今の時代、リュウや春麗(チュン・リー)、ブランカを知らない若者は多いのです。
この企画の説明をすると、よく「塾のようなスクール事業ですか?」と聞かれますが、育成企画の選手からお金を受け取ることはありません。未来への投資ですからね。日本の若い子たちが、世界大会で活躍する姿を見たいじゃないですか。それによって、業界も活気付くと思いますし。だから、応援したいんですよね。
自由に使える活動拠点を作る
イベント運営も育成企画もそうなんですが、未来への投資は、私たちが育ったゲームの世界の課題解決という意味も含めて、日々取り組んでいます。世の中の社会起業家たちのように、課題解決のための事業を営み、お金やリソースを投資した対価が、必ずしもお金で返ってきて欲しいとは思っていないんです。未来の世界を少しだけいい方向にできたらいいな、という思いが先にありますから。
17年には、南大塚(東京都豊島区)にあるビルの一室を借り、スタジオの経営を始めました。Web番組を放送したり、小規模イベントを開催したりしたい企業の方々、またゲームコミュニティーイベントを運営したい方々に、気軽に利用していただくためのレンタルスペースです。広さは97平方メートルあります。
イベントの運営をやってきた自分たちだからこそ、イベント開催の大変さがわかります。ですから、コミュニティーを盛り上げるために頑張っている人をサポートしたい――そんな思いで賃貸借契約書に判を押しました。
イベントを開催する時にいつも大変なのが、会場のレンタル費用と、必要な機材を確保することなんですよね。ですから、コミュニティー運営者の方には利用しやすいようスタジオ使用料のご相談にも乗りますし、ゲーム用モニターやアーケードコントローラーなどの機材をイベント主催者に無償で貸し出したりもしています。また、このスタジオは育成企画選手の練習場所でもあり、ゲーム実況のインターネット生配信や番組収録などもできるので、私たちの活動拠点になっています。
最近はインターネットを使って、快適に自宅で練習できる時代になりました。