でもどうして、たくさんのホタルが足並みそろえて、光を点滅させることができるのでしょう?
実は、ホタルが同時に光る現象は「非線形数学」という分野につながっていて、それは最先端の研究分野なのです。「数学」だからと身構えることはありません。それらの事象一つひとつはとても身近です。その入り口だけでも、一緒に探ってみることにしましょう。
いっせいにシンクロ(同期)して光るホタルには、きっと指揮者の役割をするホタルがいるのではないだろうかと想像しますよね。でも、もしそのような指示を出しているホタルがいたとしても、ほかのホタルはその合図を見て応じるわけですから、少しずつ光る時間がずれるはずです。だから同時に点滅することはできす、せいぜいスポーツの応援席で見られる「ウエーブ」にしかならないでしょう。
では、いったい何が起きているのでしょうか? ホタルは、どうやら初めは勝手にばらばらな周期で明滅しているようです。でも、周囲とコミュニケーションしつつ明滅の周期を変えていくうちに、突然、すべてのホタルの明滅の周期が一緒になります。この現象を予測したのが非線形数学で、コンピューターで計算され実証されています……と言われても、まだ狐につままれたようですね。
「非線形数学」は数学の中でも特に難解な分野です。そして、このホタルの点滅に関しても、コンピューターを使ってようやく証明できるくらい困難なのです。でも、非線形微分方程式なる道具を使うと、ホタルの不思議な生態を描くことができるというのですから面白いですね。
さて、ホタルのように「周期を持ってある運動をするもの」は「振動子」と言います。また、集団となって互いに影響を及ぼし合う振動子は「結合振動子」と呼ばれます。このような結合振動子が起こす現象を、シンクロ現象、または引き込み現象や自己組織化と言います。
シンクロ現象は、ホタルだけでなく、結合振動子の多くに見られる現象です。例えば、心臓の鼓動はペースメーカー細胞という細胞がつかさどっています。この細胞はたった一つではなく、多くの細胞がリズムをそろえて、心臓を周期的に動かしているのです。これらがシンクロせず、ばらばらに動いていたら、私たちの心臓は、まともに動かなくなってしまうことは容易に想像がつくでしょう。
ほかにも、脳のニューロンの現象、レーザーが発振する仕組みや、惑星が軌道を回る現象も、ホタルのシンクロ現象と同じ説明が可能だという非線形数学者もいます。
生物、物理、天体……。挙げられている例を一つひとつ見ていくと、「全部が全部その方程式で解明できるの?」という考えがよぎります。しかし、一見関係なさそうな分野を、多少のカスタマイズで共通に記述できてしまうのが数式の力なのです。
さて、ホタルの光で連想するのが、同じく夏の風物詩であるカエルの合唱です。いっせいに鳴き始めて、いっせいに鳴くのを止めるカエルたち。これもひょっとしたら、ホタルと同様にシンクロ現象に関係している?
しかし、カエルはそれぞれの個体のコミュニケーションがもっと複雑なので、ホタルのように簡単には説明できないようです。でも、既にカエルの発声行動をシンクロ現象として数学で説明しようとしたり、情報処理の分野で応用する研究は行われています。
ホタルの光とカエルの合唱。シンクロ現象で少なからずつながりがあると思うと、科学ってロマンチックではありませんか。