たしかに、男性の大多数の方の染色体は「46,XY」であり、女性の大多数の染色体は「46,XX」なのですが、厳密に言えば不正確です。私が患者さんやご家族にDSDについて説明するときには「教科書にはそのように書いてありますが、その認識は間違いです」と、明確にお伝えしています。
というのは、性分化の過程は非常に複雑で、染色体の他にも数多くの遺伝子やホルモンの働きがさまざまに関係しているからです。染色体核型が「46,XY」でも表現型が女性の人もいますし、「46,XX」でも表現型が男性の人もいて、けっして一概には言えません。ではなぜそういうことが起きるのか、あくまで概略ではありますが、順を追って説明していきましょう。
性が分化する3つのステップ
性分化の仕組みには大きく分けて3つのステップがあります。
第一のステップ「染色体の性の決定」は、受精の際に起こります。母親の卵子(「23,X」)が父親の精子(「23,X」または「23,Y」)と受精したとき、「23,X」の卵子が「23,X」の精子を受精すれば受精卵は「46,XX」になり、「23,Y」の精子を受精すれば受精卵は「46,XY」になります。この過程が典型的とならなかった例としては、ふたつのX染色体のうち片方のXが全部あるいは一部欠失している女性の、「ターナー症候群」があります。その代表的な染色体核型は「45,X」と記されます。ターナー症候群には低身長、原発性性腺機能低下症などの症状がみられ、心疾患や腎疾患等の合併症にも注意が必要です。
また、「クラインフェルター症候群」といって、X染色体を2本以上、Y染色体を1本以上持つ男性もいます(核型「47,XXY」など)。クラインフェルター症候群は、出生児の500~700人にひとりの割合でみられ、主に無精子症を合併するので、男性不妊の原因となります。無精子症以外に症状がないケースも多いのですが、ほかに比較的頻度が高い合併症として、糖尿病、甲状腺疾患、悪性腫瘍などがあります。
性分化の第二のステップ「性腺の性の決定」では、未分化性腺が精巣(男性型)あるいは卵巣(女性型)に分かれます。この過程には、Y染色体上に存在する「SRY遺伝子」の有無が関係します。
受精後6週以降、胎芽(受精後8週までの状態)がY染色体を持っていれば、SRY遺伝子の働きかけによって、未分化性腺が精巣へと分化していきます。なお、精巣への分化に伴い発生する「セルトリ細胞」は、次の段階での性分化に影響を与えます。「46,XY」の染色体核型でも、SRY遺伝子が変化することで、精巣に分化しないこともあります。また、染色体が「46,XX」でも、細胞分裂時の変化などでY染色体の一部がX染色体の一部と入れ替わる(転座)ことで、SRY遺伝子がX染色体に移ってしまうことがあり、その場合は精巣が発生します。
一方、SRY遺伝子などの働きかけがない場合、性腺は卵巣へと分化しますが、この過程についても、関連する遺伝子が複数あることがわかっています。
上に挙げた以外にも、この第二のステップで役割を果たしているさまざまな遺伝子があり、それぞれの遺伝子の機能的な変化等がDSDの原因となります。この第二のステップが非典型的である例のひとつが「完全型性腺異形成」で、SRY遺伝子の変化も含めた複数の原因があります。
性分化の第三のステップは「内性器・外性器の性の決定」です。
この第三のステップではまず内性器が発生します。胎芽には、女性型内性器(子宮、卵管、腟〈ちつ〉の上部1/3)の元となるミュラー管と、男性型内性器(精巣上体、精管、精嚢〈せいのう〉)の元となるウォルフ管の両方が備わっています。ミュラー管とウォルフ管のどちらが発達するかには、精巣が分泌するホルモン(抗ミュラー管ホルモン〈AMH〉、テストステロン)の有無が大きく影響します。
まず男性型の形成について説明しましょう。第二のステップで精巣の発生に伴い出現したセルトリ細胞は、AMHというホルモンを分泌します。このAMHがミュラー管を退縮させるため、女性型内性器が発達しないという状態になります。一方で、ライディッヒ細胞からはテストステロンという男性ホルモンの一種が分泌され、ウォルフ管を発達させて男性型内性器を形成します。
男性型内性器の形成後、テストステロンが、より作用の強いジヒドロテストステロンに変換されて局所に働くことにより、外性器は男性型(陰茎、陰嚢〈いんのう〉、前立腺)になります。
男性ホルモンの産生や作用の過程ではさまざまな遺伝子がかかわっており、それらの遺伝子の変化等が「完全型アンドロゲン不応症(完全型AIS)」などのDSDの原因となります。アンドロゲンとは、テストステロンを含む「男性ホルモン」の総称です。完全型AISは、染色体核型が「46,XY」で、精巣ができ、AMHも分泌されてミュラー管が退縮するので、子宮などの女性型内性器は形成されません。しかし、外性器を決定するときに男性ホルモンがうまく作用しないことで、外性器も含めて表現型が女性型になります。
次に、女性型の形成についての説明です。第二のステップで性腺が女性型となると、精巣がなく、セルトリ細胞からAMHが分泌されないのでミュラー管が残り、女性型内性器が発達していきます。ウォルフ管はテストステロンの作用がないと発達できず退縮します。外性器もテストステロンがなければ女性型(陰核、陰唇、腟下部2/3)になります。