話をジェンダー表現に戻すと、注意しておく必要があるのは、ある一人の人において、異なる層のジェンダーどうしが必ず一致しているわけではないということです。そのため、ジェンダー・アイデンティティを尊重すればジェンダー表現も自動的に尊重される、というわけにはいきません。アイデンティティがどうであれ、表現は表現として把握する必要があるのです。例えば、男性としてのジェンダー・アイデンティティをもつ人でも、ジェンダー表現の面ではいわゆる「女装」とみなされるような服装を日常的にしているケースがあります。学校では性同一性障害と診断された児童・生徒に本人が望む性別用の制服を認めることがある程度広がりましたが、特に性別違和(ジェンダー・ディスフォリア。出生時にからだの形状をもとに割り当てられた性別と、ジェンダー・アイデンティティが一致しない状態のこと)のない生徒でも、自分に割り当てられた制服は嫌だ、違う性別用の制服が着たいという人もいるでしょう(ここでは、男女別の制服という慣習そのものの是非は問わないことにします)。そうした希望を身勝手として片づけずに受けとめるためには、ジェンダーに関するアイデンティティと表現という二つの概念を区別しておくことが有効です。
Q6:SOGIの説明等でよく「性はグラデーション」という言い方を見かけますが、どのような意味でしょうか。
SO(性的指向)もGI(ジェンダー・アイデンティティ)も、もともとは「男か女か」というジェンダーの二分法を前提とした概念ですが、私たちが経験するリアリティは必ずしもそうした二分法に収まるものではありません。先ほど、性的指向を定義するときに「主に」という言葉を入れておきましたが、同性愛者であると自認する人でも絶対に異性には惹かれないとは限らないし、異性愛者だと自認する人でも同性に惹かれることもあるかもしれません。
ジェンダー・アイデンティティについては、コアな部分と周辺的な部分を分けて考えた方がいいのでさらに複雑な話になりますが、やはり「自分は純粋100%の女だ、男だ」という人ばかりではなく、例えば「自分の肉体への違和感はないし、男という自覚もあり異性の恋人がいるけど、世間一般で男らしいとされる言葉遣いや服装は苦手で、趣味も女性的とされるものが好き」とか、二分法には収まらないいろいろなあり方があるでしょう。
そこから、女性、男性というジェンダーを、二つの独立した箱のようにイメージするのではなく、一方の極から他方の極へと連続的に、なだらかに移り変わるような分布としてイメージする見方が出てきました。そうしたイメージを「グラデーション(gradation)」と呼んでいるわけです。
ちなみに、グラデーションという単語はグレード(grade)の派生語ですから、段階とか優劣の差というニュアンスもあり、差別のない多様性を表すにはふさわしくないという意見もあります。そこで、「スペクトラム(spectrum)」という言葉が使われることも増えています。プリズムで太陽光を分解すると現れる7色の帯のことですね。スペクトラムはレインボー・フラッグという性的多様性のシンボルとしても親しまれているし、綺麗な言葉でいいなと思いますが、強いて言えば、切れ目なくなだらかに分布しているというニュアンスは、「グラデーション」よりも後退するかもしれません(ちなみに余談ですが、虹の色の数え方は文化によって異なり、現在主流のレインボー・フラッグは6色のものです)。
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