目指すのは「自分を責めないで済むケア」
――ケアの負担が大きいと、とにかく目の前のことに精一杯になりがちですから、「怒っていい」と思う余裕すらないということもありそうです。まず「怒る」ことに慣れていくことが大事ですね。
とはいえ、一人の怒りで社会を変えていくことは困難です。ケアに追われている人ほど多忙で、人とつながる余裕がないという問題もあります。その点、若い世代はSNSをうまく使い、ケアの不平等を可視化しているように思います。定番は、インフルエンザで寝込んでいる妻に、「今日は外で食べるから夕飯を作らなくていいよ」と「気遣い」をしたつもりの夫への怒りの投稿です。こういう投稿に多くの「いいね」や好意的なリプライがつくということは、「私たちは不平等なケアについて怒っていい」という変化の萌芽かもしれません。また、それより上の世代は井戸端会議的なコミュニケーションで、怒りを共有していくこともひとつの方法だと思います。
2025年に日本で公開された映画『女性の休日』(パメラ・ホーガン監督、2024年、アイスランド/アメリカ)は、1975年、アイスランドの女性たちが仕事や家事・育児を一斉に休み、ケアの負担の大きさやそれを誰が担っているのかということを突きつけ、社会を変えたアクションを掘り起こしたドキュメンタリーです。このアクションが大きなきっかけとなり、アイスランドは世界でも有数のジェンダー平等が進んだ国となり、世界経済フォーラム(WEF)の「ジェンダー・ギャップ指数」では2009年から16年連続で世界第1位を獲得しています。それでも、男女間の賃金格差や女性への暴力はなくなっていないとして、現在でも「女性の休日」のアクションが続けられ、2025年には首都レイキャビクに約5万人が集まったそうです。
日本でもこの映画に大きな反響があり、「女性の休日」にちなんだ活動が行われるようになってきています。どうやってケアする人たちの怒る言葉や態度を鍛え、互いにつながっていけるか、そして何のために声を上げているのか、世界の事例も参考にしながら声を大きくできればと思います。

――ケアを個人的な問題に留めず、広い視点で考えることが、結果的に「しんどさ」を軽くすることにつながっていくということですね。
女性にとってはケア労働が「よき妻」「よき母」等の評価と結びついてきたこともあり、子どもや親に何か起こったとき、「自分の努力が足りないから」と自責感に囚われるということが続いてきました。
ケア労働の担い手が自分を責めたり、葛藤したりしなくてもすむようになるためには、ケアの責任をスリム化していくことも必要だと思います。日本ではともすればケアを情緒的に捉え、「手をかければかけるほど素晴らしい」と、「やるべき」とされるケアが無限に増大していきがちです。しかし、そのような「あれもこれも」というあり方は、個人の資質や能力だけでは限界が出てきます。
ケア労働には資源(時間・体力・お金・サービス)が必要で、ケアの担い手がひとりで頑張ればいいという話ではありません。「十分にケアできない」のは「自分のせい」ではなく、ケアの資源が十分に用意されていない社会の問題です。ケアがしんどい理由を突き詰めていくと、私たちが生きている社会ではケアが個人の責任に委ねられているということが見えてきます。家庭内のケアで夫が妻にただ乗りしているように、社会が担うべきケアの責任が個人に丸投げされているのです。たとえば、東日本大震災で原発事故が起こったとき、情報が錯綜するなかで、土壌や空気が汚染されることによる子どもへの健康リスクをどう見積もり、避難するか留まるかの決断を迫られたのは母親たちでした。また、コロナ下での突然の一斉休校で子どもの生活の安全確保を迫られたのも、やはり母親でした。自然資源や社会資源の重要性を考えない政策の下では、ケア責任を負うのは女性です。
介護、医療などの福祉政策においても、財源不足を理由にどんどん切り詰められ、地方自治体がどうにかその穴を埋めている現状では、個人にかかるケアの負担は増える一方でしょう。ケアのしんどさを減らしていくためには、社会がケアの資源をもっと供給することが大前提です。長時間労働や男女の賃金格差を許容するような職場の制度、ケアを担うエッセンシャル・ワーカーの低賃金や介護保険の不備、経済力に左右されずに選択できるケア・サービスが公的に保証されていないなど、改善すべき点はいくらでもあります。
ケアは非効率で非生産的で面倒なものですが、私たちが生きていく上で欠かすことができません。それを「女性にやらせればいい」と個人の努力に負わせてきたのが、これまでの社会でした。いかにケアにおける協働の仕組みを作っていくか、そのときにケアする側・される側の声がいかに聞かれるか、そのことを問い続けていかなければなりません。
(*)
邦訳は1986年刊行『もうひとつの声 男女の道徳観のちがいと女性のアイデンティティ』(岩男寿美子監訳、生田久美子・並木美智子訳、風行社)、および2022年刊行『もうひとつの声で 心理学の理論とケアの倫理』(川本隆史・山辺恵理子・米典子訳、川島書店)がある。