米川さんによればこのルワンダ虐殺はコンゴにとって「隣国で起きた出来事」ではなく、国を大きく変えるきっかけになったそうだ。
「ルワンダは日本の四国の1.4倍ぐらいの小さな国で人口密度が高かったこともあり、18世紀頃から宗主国のベルギーは、鉱業と農業での労働に従事させるためにコンゴ東部にルワンダ人を移住させました。その後も1959年にルワンダで革命が、72年にブルンジで虐殺が起きたことから、両国から難民が大量にコンゴへ押し寄せました。コンゴは65年から32年間、モブツ大統領による独裁政権が続いていましたが、彼はルワンダ住民を優遇してコンゴの国籍も与えました(81年にはく奪)。そして94年にルワンダで虐殺が起きた際、虐殺を行ったフツは難民(主にフツ)と一緒にコンゴに逃げ込みました。つまり、ルワンダ紛争がコンゴに飛び火したのです」
ルワンダ系住民と地元民との折り合いが悪かったところに、120万人ものの難民と虐殺首謀者たちが押し寄せてきた。第一次コンゴ紛争は、コンゴ東部の難民キャンプが虐殺首謀者によって軍事化されたため、ルワンダ政府軍が「国家の安全保障が脅かされる」という名目でコンゴ東部に侵攻、難民キャンプを破壊したことで起こった。97年にモブツ政権を倒したルワンダ政府軍とコンゴの「反政府勢力」(AFDL)などは、天然資源がある地域を支配することに躍起になった。そうした中で女性への性暴力が蔓延するようになった。
「国連人口基金の調査によると、98年以降推定20万人の女性が性暴力被害に遭ったことがわかっています。被害者の65%が少女で、75%が北キブ州で起きています。しかし加害者は野放しになっているか、逮捕されてもすぐに釈放されてしまいます。ムクウェゲ医師はこの状況が20年以上も改善されないことについての怒りは、相当強いと思います」
コンゴの大臣から脅迫を受け、講演が中止に
現在のルワンダはツチのポール・カガメが大統領を務め、首都のキガリはアフリカでも有数の、洗練された都市に成長した。あたかも不幸な過去から立ち直ったかのように見えるが、「残虐なフツにより虐殺された哀れなツチが、不屈の精神で立ち上がった」という単純な話ではないと米川さんは言う。
「94年9月に『グソーニー報告書』というルワンダ難民の帰還の意向についての国連報告書が発表されたのですが、そこには被害者のはずのツチが、少なくとも2万~4万人のフツ系住民を殺戮したと書かれていました。しかしこの報告書は握りつぶされ、ルワンダの現政権関係者はこれまで「フツ虐殺」の事実を知る注目度が高いルワンダ人を、少なくとも9名も暗殺しています。そして国連のガリ元事務総長が『ルワンダの虐殺は100%アメリカの責任だ!』と言っていましたが、ルワンダとアメリカやイスラエルは強力な同盟関係にあります。またコンゴのカビラ現政権はルワンダのカガメの傀儡政権と言われていて、希少鉱物であるコルタンはアメリカをはじめとする、多くのグローバル企業が必要としています」
つまりコンゴ現政権は意図的に、一部の国民を見殺しにしているのだ。それを裏付けるかのようにムクウェゲ医師は映画『女を修理する男』の中で、2008年に国連に招かれてコンゴの性暴力について講演した際、コンゴ代表の席には誰も座っていなかったこと、2012年に再度招かれたときは当時のコンゴ保健大臣から「スピーチを中止しろ。発言すれば身に危険が起きる」と脅迫を受け、講演を中止したことを語っている。
さらにコンゴでは「ムクウェゲは性暴力被害者を助けるどころか加害者だ」などのデマが流されたり、自宅前で銃を持った男に襲われ、運転手が犠牲になったりしている。そのためムクウェゲ医師と家族は一時期、ヨーロッパに避難していたほどだ。
「性暴力を受けた女性たちと比較すると、被害は深刻ではないかもしれません。しかしムクウェゲさんも、現政権の被害者です。実際にお会いした彼は弱者のための英雄という感じで、行動も考えることもスケールが大きい印象を持ちました。だからどうしても『女を修理する男』を上映して、ムクウェゲ医師の活動を通してコンゴ紛争から性暴力、グローバル経済について学ぶ機会を日本でも作りたかったんです」
映画に登場するある少女は、レイプによる身体の痛みを訴えながら「(犯人は)苦しんで死ねばいい」と怒りをあらわにし、また別の女性はレイプされたことで家から追い出され、毎日泣いて過ごしたことを明かしている。ムクウェゲ医師はそんな彼女たちの傍らに立ち、身体だけではなく心も「修理」してきた。被害者の多くが「彼が私の人生を救ってくれた」と告白しているのは、決して社交辞令ではないだろう。
とはいえ、性暴力は最初から起きないに越したことはない。いくら「修理する男」がいたとしても、女性は本来壊れる必要などないからだ。そこでコンゴの性暴力を防ぐために日本にいてできることは、何かあるのだろうか。
「さすがに『コンゴ産のコルタンを使っている可能性があるから、スマホを持ってはいけない』とは言いません。しかし生産過程や採掘する人の労働環境などは、国際的に監視していく必要はあると思います。またこれはコンゴに限らず、日本における外国人労働者にも繋がる問題です。だから立場や境遇が違う相手であっても、自分と同じ人間だという視点を持つことが大事なのではないでしょうか。
遠いアフリカのコンゴで起きていることに目を向けるのは、難しいかもしれません。でも日本でも今、外国人労働者が搾取されていたり、雇い主からセクハラを受けているかもしれないことは想像できますよね。程度の差はありますが、似た問題が日本でも起きる可能性があるのを無視しないことです。私もコンゴに関わりムクウェゲさんと出会わなければ、知らないままだったことはたくさんあると思います。でも実際に関わらなくても他人に対する配慮や想像力を持つことで、良い方向に変えていけることはあると思います」