安保法案に「待った」をかけた若者たち
安全保障関連法案をめぐる熱い議論が、国会内外で続いている。この法案が成立すれば、70年間続いてきた「戦後」が大きな曲がり角を迎えることになるのだから当然だ。だが当初、与党が国会では議席数で優位に立つため、今年(2015年)7月中には衆参両院で可決されてしまうだろうと見られていた。
その流れに「待った」をかけ、国論を二分する大議論を起こした立役者を挙げるとすれば、まずは憲法学者たちだろう。国会の憲法審査会に与党(自由民主党)推薦の参考人として呼ばれた長谷部恭男・早稲田大学教授や、同じく民主党の参考人として呼ばれた小林節・慶応大名誉教授をはじめとするほとんどの憲法学者たちが、安保法案を「違憲」と断じた。
そしてもう一つの立役者が、6月5日以降、毎週金曜日、国会正門前の路上に集まって安保法案反対を訴えて声を上げている学生グループ「SEALDs(シールズ)」だ。正式名称は「Students Emergency Action for Liberal Democracy-s(自由と民主主義のための学生緊急行動)」。彼らの登場は、安保法案はヘンだぞと思っていても、どこかで「どうせ数の力で可決してしまうんだろう」と無力感に陥っていた多くの人々に勇気を与え、数千人、数万人の人たちが国会前に抗議に駆けつける流れをつくった。SEALDsは、ゆるやかな個人のつながりであり、政党や労働組合の「青年部」でもないが、そんな彼らが大きなうねりをつくり出すきっかけをつくったのだ。
なぜ彼らの登場が勇気を与えたのか。一つには若い世代が主導するこうした行動が、それこそ1960年代の安保闘争以降、絶えてなかったということがあるが、もう一つには、彼らのスタイルの新しさにある。
何よりも、おしゃれであか抜けている。プラカードやフライヤー(ビラやチラシのこと)はカラフルでプロはだしのデザイン。実際に行動の先頭に立つ若者たちも、ヒップホップ風の男の子に大きなピアスをつけた女の子と、まるでクラブに踊りに来たようなスタイルだ。
コールのスタイルも異色だ。「我々は反対するぞー!」というのが、旧来のデモのシュプレヒコールのスタイルだが、SEALDsのコールは、まるで参加者とかけあいのラップをしているみたいだ。「集団的自衛権はいらない!」「強行採決絶対反対!」といった平凡な言葉でも、何かが違う。聴いているうちに気が付いた。リズムが「裏打ち」なのだ。普通のデモだったら「安倍はーやめろー」と延びるところが「あ・べ・は・や・め・ろ」となる。そして筆者がもっとも衝撃を受けたのが次のようなコール。
「民主主義って何だ!」とコーラーが叫ぶと、参加者が「何だ!」と返す。「民主主義って何だ」って……。参加者に自問を促すコールなんて初めて聞いた。そういえば、民主主義って、何だったっけ?
「民主主義のための緊急行動」と銘打っているように、彼らは「平和」や「憲法9条」以上に、「民主主義」「立憲主義」にこそ、こだわっているようだ。ほかにも、「This is what democracy looks like(これが民主主義さ)」「言うこと聞かせる番だオレたちが」という具合に、民主主義や主権在民を強調する。
国会前に立つ若者たちは何を思っているのだろう。そこで、SEALDsの中心的メンバーの一人である奥田さんに話を聞きに行った。
「態度」としての民主主義をつくりたい
奥田愛基(おくだ・あき)。明治学院大学国際学部4年生。1992年生まれ。北九州市出身。国会の前で声を上げ続ける彼は、会ってみると落ち着いた物静かな若者だった。ユーモラスな表現を交えつつ、言葉を選んでゆっくり話す。だが、その向こうに強い意志と、自立した知性がうかがえる。まずは「民主主義」について聞こうと決めていた。なぜ「平和」ではなく、「憲法」や「民主主義」を中心に訴えるんだろう。
「そのくらい安倍政権がやばいからですよ。憲法9条どころか、憲法に基づく政治、立憲政治、民主主義そのものが危うくなっているから」
奥田さんは即答した。
「いろいろ問題もあるけど、それでも戦後70年、日本は戦争をしないで来た。歯止めとなっていたのが日本国憲法。ところが安倍政権はその歯止めを吹き飛ばそうとしている。法治国家なんだから法律守ろうよ、という当たり前のことから言わないといけないんだから、もはや安倍政権そのものが、日本の『存立危機事態』(笑)」
確かに、礒崎陽輔首相補佐官の「法的安定性は関係ない」を筆頭に、安倍政権の内外からは、憲法や法秩序を軽視するような発言が次々と聞こえてくる。
「でも仲間とは、根本的には安倍首相だけの問題じゃないよねって話してます」と奥田さんは続ける。「民主主義の『制度』は日本でももちろん整備されている。だけど民主主義って、一人ひとりの『態度』でもあると思うんです。一昨年、特定秘密保護法案が国会で議論されていたとき、ぼくらも含めて『知る権利が奪われる』って言って反対したけど、じゃあ、これまでぼくらが、その『権利』をどんだけ行使してきたかなって思うと、心もとない。政府に民主主義を問うだけじゃなくて、自分たち自身に問わなくちゃいけない。『態度』としての民主主義を育てたいんです。だから『民主主義って何だ』なんです」
SEALDsの活動には、民主主義の「態度」を少しずつでもつくっていきたいという思いが込められているのだという。そのとき大事なのは「一人ひとり」ということだと奥田さんは付け加える。
「たとえば6月5日に、憲法学者の小林節さんが雨の中、国会前のぼくたちの行動にふらっとやって来て話をしてくれたんです。すごくうれしかった。だけど、ぼくは小林さんのような有名人だけの話じゃなくて、そんな『たった一人』がすごく大事だと思うんです。一人ひとりの行動が、民主主義を担っているんじゃないか。もう一回、そんな一人ひとりの手に民主主義を取り戻したい。そう思っています」
「ぼくらがいつもやる、『言うこと聞かせる番だオレたちが』っていうコールもそうです。要するに『主権在民』。この社会をつくっているのはぼくたち一人ひとりなんだってことです」。
オマエら、誰だか知らねえけど、最高だぜ!
そもそもが、SEALDsの活動の原点自体が、「平和」というより「民主主義」の問題にあった。SEALDsの前身は、特定秘密保護法に反対する有志の会、SASPL(Students Against Secret Protection Law サスプル)だ。2013年12月、特定秘密保護法が成立した「直後」に結成され、14年12月の同法施行までの1年間に、数回のデモを主催した。SEALDsは、その延長線上に15年5月、結成された。「SASPLを始めたときはたった10人でした。それが行動を重ねるうちにメンバーが増えていった。今、SEALDsは東京で160人くらいと、関西で100人」
このインタビューの後、SEALDs東北やSEALDs琉球も結成された。“一人ひとりの行動が社会を変える”という奥田さんの言葉を地で行くような流れだ。
「国会前の行動を始めてからは、若者の姿が現場でどんどん増えています。もう誰が誰だか分かんない。こないだ仲間の一人が国会前で叫んだんです。『オマエら、誰だか知らねえけど、最高だぜ』って(笑)。誰でもいいんです。抗議行動もデモも、バラバラな個人がたまたま集まって来て一緒にやってるくらいがいい。だって、バラバラな個人が集まってつくるのが民主主義じゃないですか」
なるほど。それにしても、SEALDsの表現スタイルの新鮮さも気になる。一般に「学生運動」と聞いてイメージするものとはだいぶ違う。どうしてああいうスタイルが生まれたんだろう。
「どうしてって……ダサいのがイヤだから(笑)。自分がやる以上は、好きなカルチャーを取り入れたかった。ぼくはヒップホップが好きだから、ヒップホップ系の写真やデザインを参考にしたんです。最初のころは全部ぼくがデザインしてたんですよ。大変だったかって? 気合いっす(笑)」
「昔の学生運動のスタイルには違和感がありました。SASPLを始めるとき、『学生運動』って画像検索したら、ヘルメットかぶって『革命』とか言ってる人たちの写真ばっかり出てきた。いやいやいや、おれ、革命やりたいわけじゃねえしって(笑)。だいたい、革命って、後の時代の人が振り返って、あれは革命的な出来事だった、って言ってもらうものでしょ。自分で『革命的!』って、ダサくないですか(笑)。もっと日常的なセンスやスタイルを大事にしたかったんです」
抗議行動であっても、その根は日常生活の中にある。それを大事にしたい。