仁藤 今回は、子どもを苦しめる「親の過干渉」について、女優の橋本甜歌(てんか)さんと一緒に考えてみたいと思います。私と甜歌さんの共通点の一つに、子どもの頃に親と折り合いがつけられなかったことがあります。甜歌さんはその経験をうまく消化して、自分をはっきり持ちながら、様々な場所で意見をされている女性です。私も以前からぜひ一度、お話しさせていただきたいと思っていました。
橋本 ありがとうございます。私は中学1年の時に父が亡くなり、今は家族は母と弟なんですが、私だけ東京で暮らしています。
仁藤 子どもの頃は、ご両親ともうまくいかなかったんですか?
橋本 いいえ、母親とだけでしたね。私は子役でデビューして、小学1年の時から芸能活動をしているんですが、母は私をそれはもう大事にして。「大事にする」というと、いいイメージかもしれないけれど……。
仁藤 具体的には、お母さんは甜歌さんにどう接していたんですか?
橋本 小学生の頃って、友達と遊びたいですよね。近所の公園とか駄菓子屋さんとか、みんなで集まって。でも、そういうところにも「行っちゃダメ」と母は言う。みんなが自転車で連れだって遊びに行くから、私も行きたいというと、母は「あなたは自転車に乗っちゃダメ。私がクルマで連れていきます」と。
仁藤 なるほどね。お母さんはお母さんで、甜歌さんを守ろうとしてたんですね。
橋本 そうなんですよ。私、一応、テレビに出ているわけだから、母にとっては「大事な甜歌に何かあったら大変」ってことなんですよ。私は仕事もきっちりやるから、その代わりまわりの普通の友達も大事にしたい、といつも思っていたんです。でも母はその頃、完全なステージママだったから、私に傷一つつけないように必死になってた。だけど、私一人がクルマで送り迎えされていると、まわりの友達も「え?」って感じになるんですよ。
仁藤 うん、そうですよね。親はよかれと思ってやっていても、子どもにはそれがキツイ。
橋本 そう。空気が読めない母親でした。
仁藤 なるほど。それで段々、お母さんとうまくいかなくなっていったんですね。一番荒れていたのはいつ頃?
橋本 中学1年の後半から、高校1年の夏あたりまでです。学校へもあまり行かなかった。仁藤さんは?
仁藤 私は中学の終わりから17、18歳頃までかな。高校は中退しています。
橋本 お互い3年間ぐらいですね(笑)。
仁藤 私も甜歌さんと同じで、母親との関係がうまくいかなかったことが原因です。父が単身赴任したのをきっかけに、母と私と妹の女だけの家庭になって、母はうつになり、私も軽度のうつにかかりました。言い争いやけんかは日常茶飯事。母親との関係性は、甜歌さんとすごく似ていると思う。
橋本 家にいて、息苦しいんですよね。
仁藤 そう。私は髪を巻いて、ブランドもののバッグを持ってサングラスかけて、毎日渋谷にいました。ブランドものなんて、別に欲しかったわけじゃないんだけど。煙草を吸ったりもして、虚勢を張っていた。甜歌さんはどうだった?
橋本 私は当時、栃木在住だったんですけど、見た目はばりばりギャルでしたよ。ギャルになったきっかけは、見た目が強いとパワーがもらえるから。金髪にした途端にガラが悪くなるでしょ。「てめぇ、うぜえんだよ!」とか、言いやすくなる。本音を荒々しい言葉で言える。
仁藤 わかる、わかる。ギャルタイプの子って自己主張ができて、はっきりものを言える子が多い。今、街で出会うのは自己主張をしたり、大人に反発したりする子が少なくて、むしろ私はそれが心配だったりするの。見た目もおとなしくて、自分をおし殺しているタイプの子が多くなっているんです。
橋本 ギャルって強いんですよ。私、今はギャルメイクしてないし、髪の色も戻して落ち着いたんですけど、心の中は変わってないというか、今も反逆精神みたいなものはあるんです。でもあの格好をしていない今、昔みたいにずけずけとものが言えるかといえば、それは無理。金髪に戻せば、また何でも言える自信はあるんですけど。
仁藤 私もギャルではなかったけれど、ブランドバッグとかサングラスとか、そういうのに力を借りていたところはあると思う。道で肩に触れてくるおじさんに、「なめんな!」とキレたりとか(笑)。自分でもどうしようもなくて、見た目から入るってことはあるよね。
橋本 私、中学校に上がるまではすごく弱くて、びくびくしていたんです。いじめられるんじゃないか、って。それで、見た目から変えようと思って。ギャルになったら実際、大丈夫だった(笑)。まさに私は、外見に助けられたタイプなんですよ。
仁藤 その頃、地元の栃木では何をしていたの?
橋本 見た目はギャルだけど、本当に可愛いものでした。友達とつるんで、ショッピングモールに行ったり。
仁藤 お母さんとは、どんなふうに衝突してた?
橋本 どんどん、ひどくなって行きました。話そうとするんだけど、話にならないんです。母はいつも「あんたは子どもだからわからない」と、その一点張りで自分の考えを押し付けてくるんですよね。今は母の気持ちも理解できますよ、親から見れば子どもは永遠に子どもですから。でも、子どもって、実はそんなに子どもではない。親のことを冷静に見ていて、欠点も知ってるし、自分なりの意見もある。だから話し合いをしたいけど、いつも平行線をたどる。話にならないから、皿を投げ合うような大げんかに発展したり、包丁で刺すか刺されるかまで行ったり。
仁藤 よくわかる。私も親子げんかで、包丁が出てきたことがあります。活動の中でも「家族の衝突で包丁が出てきた」という子はよくいます。親と顔を合わせたくない時は、どうしていたの?
橋本 私はなるべく家に帰らないようにしてました。
仁藤 行く場所があったの?
橋本 家から徒歩30秒のところに24時間営業のラーメン屋さんがあって、マンガがたくさん置いてあるんです。食べたくなくても、ひたすらそこに居座って、一人でマンガを読みふけってた。そうやって、なるべく家にいないようにしてました。
仁藤 わかるわ。私もなるべく夜、帰るようにしてたから。
このコラムのバックナンバー
1~5ランキング
連載コラム一覧
もっと見る
閉じる