2018年夏、東京医科大学の女子一律減点の不正入試が報じられた時、同大の前にその人の姿があった。「ふざけんな!」とマイクを握るその女性編集者が一人で出版社を立ち上げ、『エトセトラ』(エトセトラブックス、19年)というフェミマガジンを創刊することを、それから間もない時に知った。
『エトセトラ』が発売される直前、またしても松尾さんと会った。それは性暴力への無罪判決が続いたことに対して起こった抗議のフラワーデモ。東京医科大学の時と同じく、彼女はデモの主催メンバーとして動いていた。
私は、「それをすることで1円にもならないのに、いても立ってもいられずに動いてしまう人」が好きだ。彼女は間違いなくそんな一人で、そしてそれからすぐに出版された『エトセトラ』は、息つく間もなく一気に読んでしまう面白さだった。
編集者・松尾亜紀子さんとお話しした。(雨宮)
『エトセトラ』創刊のきっかけ
雨宮 松尾さんは2019年5月にフェミニズムをテーマに掲げ、「フェミマガジン」と銘打った雑誌『エトセトラ』(エトセトラブックス)を創刊されましたが、以前は出版社におられたそうですね。
松尾 私は15年間、河出書房新社で編集者として勤めて、フェミニズムやジェンダーをテーマにした本をつくってきたんですけど、どうしてもそれだけを扱っていられないし企画を通すのにも時間がかかります。そうした中、ここ数年は個人で独立系出版社を立ち上げる人がどんどん出てきて、流通などのシステムも整ってきたし、一人でもやれるかもしれないという道が見えてきた。それなら独立したほうが、自分のつくる本を読みたいと思ってくれる読者にダイレクトに届けられるんじゃないかと考えて、エトセトラブックスを立ち上げたんです。
最初は雑誌ではなくて単行本からスタートするつもりだったのですが、退社したあとに、単行本以外にも発信していく場が欲しいな、フェミニズムの雑誌をつくりたい、と思って。最初は、第1号はやっぱり「フェミニズムって何だ?」みたいな基本的な内容かな、と考えていました。
雨宮 それが、実際には『エトセトラ』創刊号のテーマは「コンビニからエロ本がなくなる日」でした。
松尾 19年の初めに、出版社時代に編集担当していた漫画家の田房永子さんから連絡をいただいたんです。大手コンビニチェーンが「成人向け雑誌の販売を8月末までにやめる」と発表したから、その「お祝いのパレード」をやりたい。パレードで喜びを表現することで、逆にどれだけ自分たちが怒ってきたのかを知らしめたいんだ、というお話でした。そのパレードで配布する冊子をつくってくれないか、と言われたんです。すごくオリジナルなテーマだったけれど、これは絶対今しかやれませんよね。「今しかやれないこと」をやるのが雑誌だし、やるしかないな、と。それで「では、それを私が出そうと思っている雑誌の創刊号にさせてください」とお願いしたんです。
雨宮 すぐに増刷もかかったそうで、反響がすごいですよね。ちょうど18年に東京医科大学の医学部入試における性差別問題が報道されたり、19年に入って韓国の小説『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著、邦訳出版は筑摩書房)がブームになったりと、女性差別やフェミニズムに注目が集まっているタイミングでもありました。
松尾 はい。だから、「波に乗っていますね」とよく言われるし、最近はそう言われたら、「私が波です」とお返事しています(笑)。ほんの小さなさざ波ですよ、もちろん。でも、本当に小さくて少しずつですけど、出版社にいた時から本をつくることで、自分なりのフェミニズムを積み重ねてきたつもりではいるので。私の前にも周りにもそういう方がたくさんいて、それが今、大きな波になったということなのかな、と思っています。
福岡での大学時代と「サブカルの呪い」
雨宮 ところで、松尾さんがフェミニストになったのには、何かきっかけがあったんですか?
松尾 時々聞かれるんですが、「これです」というような強烈なエピソードは特にないんですよ。強いて言うなら、大学の4年間を過ごした福岡が、まさに男尊女卑の牙城みたいなところで、それが嫌だったというのはあるかもしれません。社会学者の上野千鶴子さん、文芸評論家の斎藤美奈子さん、作家の北原みのりさんの本なんかを読んで、ジェンダー的な視点の面白さに目覚めたのもその時期です。実家では「女の子だから勉強しなくていい」みたいに言われるようなことはなかったし、学生時代はあからさまな男女差別を受けた記憶があるわけではありません。それでも、雨宮さんの著作『「女子」という呪い』(集英社クリエイティブ、18年)を読んだ時に感じたのは、私もやっぱり「呪い」にかかっていたな、ということでした。
雨宮 「強烈なエピソード」はなくても、日々なんとなく感じる視線であったり、何気ないやり取りであったり、自分が何かを笑ってごまかしたりする瞬間であったり……「呪い」って、じわじわとそういうところからやってくる気がします。
松尾 そうですよね。中でももっとも共感を覚えたのは、「90年代サブカル」についても触れて書かれた「AVで処女喪失したあの子の死」です。私は雨宮さんとほぼ同世代で、1990年代の終わりに大学生活を送っています。あの頃って、ドキュメンタリー風に女性を肉体的・精神的に極限まで追いつめていくような内容のAVが出ていて、私も女性監督の作品をレンタルして見たりしていました。今からすればなんて痛々しい内容だったんだろうと思うんですけど、当時は「そういうものも否定せずに堂々と見られる自分」に酔っていたんですね。