雨宮さんの本を読みながら、その頃のことがパッとフラッシュバックしてきました。
雨宮 あの頃のサブカル寄りのAVは、とにかくひどいこと、鬼畜なことをやったほうがえらいみたいな、タガの外れた時代でしたね。サブカル好きな女の子たちには、「男並み」にAVを見て、男と一緒になって「あのAV女優はどうだ」とか、上から目線で批評できる自分でなければならないという感覚が非常にあったと思います。結果としてそれは、「女がいいって言っているんだから、いいだろう」という形で利用されていたわけなんですけど。
松尾 私たちは「消費される」側じゃない、私たちが消費しているんだという気持ちがありましたね。
雨宮 あの時代にちょっとでもサブカルをかじった人には、そういうふうにわずかでも加害に荷担した部分があったはずです。2004年にはAVの撮影で女優が大けがを負う「バッキー事件」がありましたけど、それまでにもどれだけのAV女優が心を病んでいったか、自殺していったか。そういうことがまったく総括されないまま今、AVにまつわる人権問題といえば出演強要問題だけ、みたいな雰囲気になっていることが、すごく気になっています。「AVで処女喪失したあの子の死」の反響からいろいろ思うところがあり、ウェブマガジンの『マガジン9』にて「90年代サブカルと『#MeToo』の間の深い溝」(外部サイトに接続します)という原稿を書いたらものすごくバズってびっくりしました。
松尾 そのあたりのことを、きちんと言語化して書いてくださった雨宮さんに、読み手として、とても感動しました。
「声を上げる」重要性を感じた
雨宮 さて、松尾さんは4月に東京で始まった、性暴力事件に対する不当な判決に抗議する「フラワーデモ」の呼びかけ人の一人でもあります。その前に、18年夏の東京医科大学の入試性差別事件の時にも抗議行動を呼びかけられたんですよね。
松尾 東京医科大学のニュースが流れた時は、ちょうど北原みのりさんと一緒に韓国へフェミニズムの取材に行ってきた直後だったんです。現地のフェミニストたちからたくさん話を聞いて気分が高揚していた時だったし、北原さんから「これは、何かやらなきゃいけないんじゃない?」とメッセージが来たので「やりましょう!」とすぐ返事をしました。2人ともデモの呼びかけなんてしたことがなかったんですが、SNSなどで拡散したら、幸い100人くらい集まって。マスコミもたくさん取材に来てくれました。雨宮さんもいらっしゃいましたよね。
雨宮 ツイッターで見て行きました。松尾さん、あの場でのスピーチがテレビのニュースで流れたんですよね。
松尾 そうなんです。私はあんな場でスピーチをするのは初めてだったし、大事なことを言っていた人がたくさんいたのに、「ふざけんなーー!」って大声で叫んだのがテレビ映えしちゃったらしく(笑)、各局で流れてしまって。
でも、九州にいる親戚のおばちゃんたち──普段は「安倍(晋三)さんがこう言ってるんだから正しいんでしょ」と言っているような、私に対してもずっと「早くお父さんにお茶をいれて」とか「偉そうな口をきくんじゃないの」とか小言ばかりだった高齢の女性たちが、あの映像を見て「ほんと、あの医大の件はおかしいよね」って言ってくれたんですよ。それを聞いて、声を上げてよかったと思ったし、行動すればちゃんと報道されるんだな、とも実感しました。
雨宮 あそこから、すごく状況が動きましたよね。過去に東京医科大学を受験した女性たちが原告になって損害賠償請求訴訟を起こしたり、今年の東京医科大学の入試では、不正な得点操作が排除されて男子と女子の合格率がほぼ同じになったことが報道されたり。そう考えると、すごく「コスパのいい」デモだったと思います。「安倍政権反対」みたいなデモだと、数万人集まっても何も状況が変わらない、強行採決され続けている6年半、みたいなところがありますから。私にとっても、東京医科大学の一件は「ちゃんと変わるんだ」という実感を得られたという意味で、とても大きかったです。
松尾 ただ、あれだけ反響が大きかったのは、「教育」という、誰もが「フラットでなければいけない」と考えている差別問題だったというのが大きいのかもしれません。あとで聞いたら、北原さんは「これが性暴力の問題についてのデモだったら、こんなに人は集まらないだろうな」と考えていたそうなんですよ。
400人が集まった奇跡のような夜
雨宮 月1回、花を持った女性たちが街頭に立つ「フラワーデモ」は、まさにその「性暴力の問題」に対する抗議行動ですが、どんな経緯で立ち上がったのですか?
松尾 北原みのりさんや田房永子さんと「最近、『おかしい』と感じる性暴力事件の判決が続いてるよね」という話になったのが始まりです。ちょうど、SNSでは判決への疑問に対して、法曹界から「法で定められた通りの判決なんだから、不当ではない」といった声がちらほら聞こえてきていた時で。ここで声を上げなかったら、一見正しいように見える「専門家の意見」に、私たちの違和感が潰されちゃうんじゃないかという危機感もあって、「何かしなければ」ということになったんです。
呼びかけるにあたって、北原さんの発案で韓国の#MeTooデモを参考にしようということになって。「#WithYou」というハッシュタグは私たちも使っていますが、韓国のデモはまさにそういう感じで、常に「私たちがここにいるから、これまで声を上げられなかったあなたも、声を上げてください」という姿勢が貫かれているんです。
韓国人の元日本軍「慰安婦」として初めて実名で名乗りを上げた金学順さんも、そんなふうに彼女を支援する人たちがいて、支援する場があったからこそ声を上げられた。韓国ではずっとそういう流れが続いているんだ、と聞きました。日本にもそんな場をつくりたい、同じ思いを抱えた女性たちが集まれる「広場」にしたいと考えたんです。それで、「#WithYouの気持ちを込めて、行幸通りにお花を持って集まりましょう」と、第1回のフラワーデモを呼びかけたのが4月11日。400人も集まってくれて、びっくりしました。
雨宮 私も北原さんから声をかけていただいて参加したんですが、どれだけ人が来るんだろうという不安はありましたね。東京医科大学の時と違って裁判の話だし、性暴力事件なんて自分には関係ないと考える人も多いんじゃないか、と。それが、行ってみたらたくさん集まっていて。若い人も多かったし、一人で来ている人がほとんどでした。
松尾 スピーチを進める中で、性暴力・性被害を受けた自分の体験を話す人がどんどん出てきたことにも驚きました。誰がそう仕向けたわけでもなかったのに。
雨宮 性暴力を受けたとか、今でもフラッシュバックに苦しんでいるとか、すごく親しい人にすら言いづらい、もしくは親しい相手だからこそ言えないようなことも、ここでなら言えるという安心感がなぜか最初から担保されていましたよね。そうして体験をシェアすることで、みんなが癒やされるというような、奇跡的な夜だったと思いました。