当時の女たちの心境を思うと泣けてくる。そしてこの構造が半世紀経った今も基本は変わらず残存してることにも、泣けてくる。ただ、当時の「森」と同じように、「女は女たちとつながらなければならない」ところは同じで、そこには大きな希望がある。
さて、20代の頃から何冊も連合赤軍について書かれた本を読み、この事件を描いた映画を何本も観てきた。その中で、これまで、遠山は「女らしい」見た目や振る舞いによって目の敵にされ、集団リンチの的となったのだと思っていた。
しかし、それだけではなかったのだ。「幹部の妻」という「付属物」であり、夫の行いによって妻が責められるような構図があったからこそ、彼女は壮絶な暴力の犠牲になったのではあるまいか。
あまりにも、「女」を背負って死んだ遠山美枝子。その死から半世紀、生きていれば、彼女は今年、76歳になる。