OHCHR(国連人権高等弁務官事務所)のミシェル・バチェレ弁務官は、バングラデシュ政府にロヒンギャ難民の移動を止めるように求めた。この帰還計画は国際法に違反し、ロヒンギャの命を危険にさらすと警告したのである。
「ノン・ルフールマンの原則」、すなわち、難民を生命や自由が脅かされる恐れがある国や地域へ追放・送還してはならないという、難民条約に明示された規定に基づく要請である。バチェレ弁務官はチリの大統領を2期務めた女性政治家で、1973年のチリ・クーデター後、ピノチェト独裁政権による拷問で父を亡くしており、自身も母親と一緒に逮捕されて拷問を受けた後、オーストラリアに政治亡命したという過去を持つ。かつての被弾圧当事者は、国際法以前に、難民が民主化とはほど遠い故国に送還されることがどれだけ危険か、熟知していると言えよう。
バングラデシュ政府も帰国を追い立てるようなことはせず、あくまでもロヒンギャ難民の判断を尊重するという態度に出た。
その結果、どうなったのか。2018年末、難民キャンプに来てみれば、一人も帰還をしていない。
それを逆手にとって、ミャンマーでは、こんなフェイクニュースが政府系メディアの「ザ・ボイス」などを中心に発信され続けている。「国軍は虐殺も放火もしていない。彼ら(ロヒンギャ)は勝手に自分たちで村に火をつけて逃げた。ミャンマー政府は国として帰還の受け入れを宣言しているのだから、難民が帰ってこないのはロヒンギャ側に責任がある」
しかし、迫害の加害者を放置し、難民が帰れないように仕向けているのはミャンマー政府自身である。
モハマドワイの傍らにいた15歳の少女ベハナベガムが、意を決したように語りだした。モハマドワイ同様に、マウンドー市ケイインション村から逃れてきた彼女は、指がもう動かない。
「家の中に押し入ってきた兵隊と警察に、目の前で弟を殺されました」
それから刃物で身体を切りつけられ、手を火で焙られた。恐怖で身体が動かなくなったところを次々と男たちにレイプされた。
「私たちをこんな目に遭わせた人たちが、まだ逮捕もされないでいる。怖くて帰れない。1年経っても起きたことが思い出されて眠れない。ICCに裁定をお願いしたい」
ICC(国際刑事裁判所)という言葉をどれだけ聞いたことか。被害に遭った難民たちは、加害者たちを国際法廷のICCに裁いてもらいたいと口を揃える。
ミャンマーはICCに加盟していないが、ロヒンギャが避難したバングラデシュは加盟している。ICCは、避難先が加盟国なら管轄権が及ぶとして人道上の罪を問おうとしている。しかし、ミャンマー政府はICCの関与を拒否し続けている。結果、ジェノサイドの主犯たちは何の裁きも受けずにいるのだ。
難民キャンプで子どもたちを教え導く
「今、私たちには電気も水道もなくてこのテントしかない。でも帰れば安全がない。国籍も移動の自由も、相変わらずもらえない。病院も学校もない。土地も家も失ったままなのは子どもたちも分かっている。それよりはこのキャンプの方がましだと考えている」(モハマドワイ)
ラカイン州に帰国しても学校も燃やされている。子どもたちは行き場がない。難民キャンプにいれば少しずつだが、国際的な援助団体によって子どもを支えてくれる施設もできつつある。連載第3回で紹介したように、在日ロヒンギャの支援で建てられた学校もある。いつになるか分からないが、ミャンマー国民としての本当の権利を手にして帰国するときのために、教育は受けさせなくてはいけないという考えが難民たちの間に浸透している。
ロヒンギャ難民の大きな特徴として、ミャンマーという自分たちを追い出した国に対して抱く、多大な忠誠心が挙げられる。バルカン半島や中東の難民キャンプを取材してきた筆者からすれば、これは大きな衝撃だった。コソボのアルバニア人はセルビアからの独立を希求し、イラン人難民はハーメネイー最高指導者による「宗教者独裁政権」の打倒を公言して憚らなかった。ロヒンギャはことほどさように差別を受けても、彼ら彼女たちが望むのはミャンマーへの同化の拒否でも、ましてやラカイン州の独立でもない。17年以来、国内外のロヒンギャ延べ100人近くに話を聞いたが、武装組織のARSA(アラカン・ロヒンギャ救世軍)を支持する者にも、ラカイン独立を叫ぶ者にも会うことはなかった。希望はあくまでも、ミャンマー国民としてピンクの国民カードを取得してラカイン州に戻ることなのだ。
考えてみれば一世代上までは国民として認められていた人々なのだ。対イギリス独立戦争で闘い、ビルマ政府の閣僚になった人物を祖父に持つ者もいる。それ故に、ミャンマーを憎み、分離するのはその祖先に対する裏切りだと考えている。彼らの悲願は、ロヒンギャという民族的なアイデンティティーは保持しながらも、ミャンマーを構成する民族として承認され、従来通りの生活に戻ることだ。だからこそ、大人たちは学校で子どもたちにミャンマー国歌を歌わせ、ミャンマー語を母語として教える。少なくともこの学校からテロリストは生まれない。
スーチーの無力
72万人という難民の数は尋常ではない。ノーベル平和賞受賞者でありながらこのロヒンギャへの人権侵害を止められないアウンサンスーチー国家最高顧問に対しても、批判の声は大きく巻き起こっている。11月12日、アムネスティ・インターナショナルはかつて授与した「良心の大使賞」を取り下げた。
ラカイン州
ミャンマー西部に位置し、西はベンガル湾、北はバングラデシュに面する州。