プロ野球が開幕する直前、野球評論家たちは各チームのデータを詳細に分析し、優勝を予測する。しかし、実際にシーズンが始まってみると、高い打率を誇る打線が打てなかったり、逆に実績の乏しい投手が勝ち星を重ねるなど、事前のデータ通りの戦いになるとは限らない。その結果、優勝間違いなしと予想されていたチームが、最下位に終わり、予想が外れた評論家は、「事前のデータは抜群だったのだが…」と、言い訳に終始することもある。
「現在の円相場は、経済のファンダメンタルズから乖離(かいり)した動きで、容認できない!」。財務大臣や日本銀行の総裁などが、円相場が思惑通りに動かなくなると、いら立たしげにこうしたコメントを出すが、これは予想が外れた野球評論家と同じようなことを言っているのだ。
ファンダメンタルズとは、「経済の基礎的諸条件」のこと。具体的には経済成長率や物価、貿易収支や失業率など、国の経済活動を示す様々なデータの総称だ。
経済成長率が高いほど、失業率が低いほど、財政赤字が小さいほど、円相場はより高くなる。その逆になれば、理屈の上では円相場は安くなるはずだが、実際の円相場は必ずしもそうはならない。景気が悪いのに円高が進み、さらに景気を悪化させるといったことが起こる。また、貿易黒字が大きくなれば、円高が進んで貿易黒字を縮小させる方向に作用するはずなのに、実際にはさらに円安が進み、貿易黒字がさらに拡大し、貿易不均衡がより深刻になることもあるのだ。
つまり、ファンダメンタルズは野球の「事前データ」に過ぎず、ゲームの結果である円相場の水準は、それに沿った動きになるとは限らないのである。
そうした状況を生み出す要因の一つが、「ヘッジファンド」に代表される投機マネーの存在だ。彼らは外国為替市場で巨額の取引を繰り返し、相場を大きく動かす。彼らの行動基準は、ファンダメンタルズによったものではなく、「円が高くなりそうだから、円を買う!」といった、思惑で動くのである。
また、輸出業者や輸入業者といった、投機マネーとは無関係の「実業」に従事している人々の行動も、円相場をファンダメンタルズから乖離させることがある。もし、近い将来、円高になると予想されると、石油会社のような輸入業者は、「ドル買い円売り」の決済を先延ばしする一方で、輸出業者は、円が安いうちに決済をしようと「ドル売り円買い」に走る。その結果、ファンダメンタルズを超えた急激な円高・ドル安の流れが発生する可能性があるのだ。
そこには、理屈ではなく、外国為替市場に参加している人々の、微妙な心理の変化が、大きな変動を生むことが多い。その結果、時にはファンダメンタルズとは一致しない動きが起こる可能性が出てくるのである。
事前のデータはあくまでデータ。何が起こるかわからないのが勝負の世界だ。外国為替市場の円相場も同じ。どんなにファンダメンタルズが良くても、円安になることがあるし、その逆もあるのだ。
「ファンダメンタルズに合致しない!」と、財務大臣のような泣きごとを言っても始まらない。ファンダメンタルズはあくまで事前のデータ、現実はどうなるか全くわからないものであることを、肝に銘じておく必要があるのである。