彼女が言う通り、経済理論ではこうした非合理的な行動は想定していない。経済学では、すべての個人や企業は自らの利益を最大化するためだけに行動し、自らに不利になることは一切しないという超合理的な存在、「経済人」(ホモ・エコノミクス)であることを前提としている。
しかし、現実には個人も企業も利益追求のための合理的な行動だけをしているわけではない。時には感情に流されたり、周囲の環境に妥協したりすることは少なくない。むしろ、「経済人」を前提にした経済理論こそ間違っているのではないか。こうした疑問に答える形で誕生したのが「行動経済学」だ。
行動経済学は、経済理論に心理学を導入し、感情や直感、記憶や経験などの要素を取り込んで、現実により近い形で経済学を再構築しようとするもの。
AとBの2人のサラリーマンがいるとしよう。Aは仕事が評価され年収は400万円から500万円に増えた。一方、Bは成績不振で年収は600万から500万円にダウンしてしまった。二人は同じ年収500万円だが、Aは年収アップがうれしくて財布のひもが緩みがち、一方のBは節約志向を強める可能性が高くなる。
従来型の経済学では、どちらも同じ年収だとして、感覚による消費行動の差は無視してきた。しかし、行動経済学では、同じ500万円でもAとBの年収は異なるものだと考える。そして、「価値関数」などの新たな概念を導入し、現実に即した分析をしていく。
行動経済学には「フレーミング効果」という概念もある。投資の勧誘をする際、「損する可能性は2割」と言うより、「成功率は8割」とした方が、多くの顧客を得られるだろう。どちらも同じことなのだが、表現や提示方法の違いが人間の心理的な受け止め方(フレーム)を左右し、実質的には同じことでも異なる経済行動をもたらすことは少なくない。これがフレーミング効果であり、行動経済学における重要な研究分野の一つとなっている。
行動経済学では、アンケート調査や、ある経済的な課題を与えて、その行動を観察するという「実験」を行うこともある。その手法は経済学よりも心理学に近いものと言えるだろう。
当初、行動経済学に対して、経済学者たちは懐疑的だった。しかし、従来型の経済学が、「経済人」という強引な前提に基づいているために、経済現象を分析しきれないことは事実。行動経済学のパイオニアだったダニエル・カーネマンが、2002年のノーベル経済学賞を受賞するなど、近年、行動経済学は高い評価を受けるようになってきた。
ダメ男に走るアナリストの彼女を分析するには、行動経済学がふさわしい。「勘定」ではなく「感情」に基づいて理論を展開する行動経済学は、価値観が多様化し経済活動が複雑化する中で、一層の発展が期待されている。