改めて説明するまでもなく、この定理は「真空」を前提としていて、現実には空気抵抗によって鉄の玉が先に落ちる。ガリレオは「真空」という純粋な状況を仮定、空気抵抗という「不純物」を取り除くことで、重力の本質を解明したのである。
経済学にも同じような仮定がある。「完全競争」もそのひとつだ。完全競争は経済活動の根本である市場メカニズムを分析する際などに登場する。市場では、売り手はできるだけ多くのモノを、できるだけ高く販売しようと競争している。その結果、需要が増えたり供給が減ったりすれば価格が上昇し、反対に需要が減少したり供給が増えたりすれば価格が下落する。こうして必要なものが必要なだけ供給されれば売れ残りも生じないことになる。これが需要と供給を自動的に調整する市場メカニズム機能だが、十分に働くのは完全競争の場合だけだ。
完全競争には大きく分けて5つの要件がある。(1)売り手も買い手も多数存在し、それぞれが自由に価格や供給量を決定、それが他の参加者に影響を与えない、(2)取引される商品はすべて同じ品質で、どれを買っても同じ(代替可能)であり、生産技術も全く同じである、(3)成立する価格は一つのみで価格差は存在しない、(4)売り手も買い手も、価格設定や消費動向など相手の競争戦略をすべて知っている、(5)誰でも自由に市場に参入や撤退が可能である、というものだ。
これを液晶テレビの例に当てはめてみよう。メーカーの数はシャープやソニーなどに限らず多数存在し、生産能力や規模も同じ、生産されるテレビも性能からデザインまで全く同じで、価格もすべて同じ。メーカーは互いに相手の企業情報をすべて把握、新規参入のコストも、事業に失敗して撤退する際のコストもゼロ…となる。これらの仮定はいずれも非現実的だ。
実際には規模の大小、生産能力による製品の格差、情報収集能力の違いなどが存在しており、一部の大手企業が価格を支配している。また、政府の規制が自由な市場取引を妨げていることも多い。つまり、自由落下の法則における真空と同様、完全競争も市場メカニズムの本当の機能を探るために、独占や規制などの「不純物」を取り除き、その本質を解明するための仮定なのだ。
完全競争に最も近いのが「外国為替市場」だろう。参加者も極めて多く、取引される商品もドルや円など同じ品質のもので、取引を左右する経済指標などの情報も共有されている。これに対して株式市場では取引銘柄が千差万別で、取引を左右する情報にも偏りがあるなど完全競争といえる状況にない。そして、一般商品の市場となると、完全競争からはかけ離れた状態になっている。
鉄の玉と紙切れが同時に落下することはないように、完全競争も存在しない。しかし、物理学と同様に、不純物を取り除いて市場メカニズムを研究することは経済理論を発展させる上で極めて重要なことなのである。