物価のコントロールにも同じことが言える。物価は経済の「温度」に相当する。物価の過度の上昇が「インフレ」、反対に下がりすぎて「零下」になるのが「デフレ」だ。
物価の水準を適切にコントロールする役目を担っているのが中央銀行である日本銀行だ。日銀は物価という温度をにらみながら、金融政策という空調操作で、経済にとって快適な温度を維持しようとしている。
GDPデフレーターは、物価を測る「温度計」の一つである。国の経済活動を3カ月ごとに集計するGDP(国内総生産)には「名目GDP」と「実質GDP」の2種類がある。「名目」は物価の変動を調整しないもの、一方、「実質」は物価変動を除いたものだ。したがって、名目GDPと実質GDPを比較すれば、物価の動きが把握できることになる。これがGDPデフレーターであり、名目GDP÷実質GDPで算出される。たとえば日本の2009年7~9月期のGDPデフレーター(2次速報値)は88.8で、前年比-0.5%となっている。
物価を示すものとしては、消費者物価指数や企業物価指数などが知られている。しかし、これらの指数は、経済活動全体を計測しているわけではない。消費者物価指数は、その名が示す通り、消費者向けの商品、一方、企業物価指数は、企業間の取引を対象とした物価指数だ。したがって、どちらの物価指数も、経済の温度を正確に示しているとは限らない。
これに対して、GDPは消費、設備投資、輸出入(輸出-輸入)、政府支出と、国内の経済活動を総計している。したがって、GDPから算出されるGDPデフレーターは、消費者物価などに比べてより広い範囲の物価を測定していると考えられている。
しかし、GDPデフレーターには問題点もある。まず、輸入品の価格変動が与える影響だ。
輸入品の価格、たとえば原油価格が上昇したとしよう。これによって、輸入額は増える。しかし、輸入はGDPから差し引かれることから、名目のGDPは原油価格の上昇に応じて減少するが、実質のGDPには価格変動が反映されない。この結果、名目GDP÷実質GDPで算出されるGDPデフレーターは、分子が小さくなることで低下する。原油価格の上昇が、物価指数であるGDPデフレーターを低下させるという、一般的な感覚とは正反対の現象が生じる。
原油価格の上昇は一方で、物価を押し上げる要因になるために、消費や設備投資などの額を増やすことになる。したがって、原油価格の上昇分が商品価格に上乗せされれば、名目GDPは増加し、輸入の減少を相殺することになるはずだ。ところが、企業努力などで値上げ幅が圧縮されることもある。このため、原油などの輸入価格の上昇が、GDPデフレーターの低下、つまり物価の下落を示す場合がある。
さらに、輸入は為替相場の変動にも大きく左右される。この結果、GDPデフレーターと、「体感温度」である実際の物価が異なる場合も少なくないのだ。
また、消費者物価指数などが毎月発表されるのに対して、GDPデフレーターは3カ月ごとの発表となる。これを待っていては迅速な金融政策が行えない危険性も出てくる。
温度計が不正確では、室内温度の調整がうまくいかないのと同様に、物価の適切な水準を保つためには、正確な温度計が必要不可欠だ。GDPデフレーターも温度計の一つだが、決して完全なものではない。消費者物価指数や企業物価指数といった他の温度計と合わせて、総合的に物価情勢を判断し、金融・経済政策を進めていくことが重要なのである。