同じような融資を国家レベルで行っている組織がある。世界銀行だ。「世界銀行」は国連の専門機関の一つで、国際復興開発銀行(IBRD International Bank for Reconstruction and Development)と国際開発協会(IDA International Development Association)という二つの組織の総称だ。
第二次世界大戦後の経済の枠組みを協議した「ブレトンウッズ会議」を受けて、1945年に国際通貨基金(IMF)と共にIBRDが設立された。
この二つの機関は、国家レベルの「協同組合」として、加盟各国から資金を集め、資金不足に苦しんでいる国に融資する。どちらも金融面から経済の復興や開発を促進しようという目的を持っていたが、融資の対象は明確に区分されていた。
IMFは、その名が示す通り、外国為替相場の暴落や外国との決済不能など、国家全体の資金繰りを助けるもので、融資されたお金の使い道は特に定められていない。融資期間も短く、「今月は赤字だ!」と慌てている組合員に協同組合がお金を貸す「生活応援融資」のような位置づけなのである。
これに対して、世界銀行の融資は、鉄道の建設や飛行場の建設など、対象が明確に決められている。協同組合の「住宅ローン」や「自動車ローン」などと同じく、使い道が決められていて、融資期間は10年、20年と長期に及ぶ。60年には、開発が大きく遅れている「最貧国」に重点的に融資を行うために、新たにIDAが誕生した。「第二世銀」と呼ばれることもあるIDAは、無利子で返済期限も柔軟な融資を行う組織で、従来からあったIBRDと合わせて世界銀行と呼ばれるようになった。
第二次世界大戦後の復興を目的としていた世界銀行だが、復興が進むにつれて、発展途上国向けの開発資金の供給が中心となった。
発展途上国は、国内の産業基盤や社会インフラを整備しようとしても、一般の金融機関からはなかなか融資を受けることができない上に、高い金利などの返済条件を要求され、経済発展を妨げる原因となってきた。世界銀行はこうした発展途上国の大きなプロジェクトに対して、低利で長期の融資を実施、その国の発展を支援してきたのである。
日本も世界銀行にはお世話になった。53年の関西電力の火力発電所向けの融資を皮切りに、愛知用水や東名高速道路、黒部第四ダムなどの建設に際して、世界銀行からの融資を受けたのだった。
東海道新幹線の建設に際しても、世界銀行の融資を仰いだ。61年に締結された融資の契約は8000万ドル(288億円)で、返済期間は20年、契約時の貸出金利は5.25%と、当時8%を超えていた通常の貸出金利(長期プライムレート)に比べて割安に設定されていたのだった。
急速な経済発展を遂げた日本は、66年を最後に世界銀行の融資を卒業、その後は資金を拠出する側に回り、アメリカに次ぐ2番目の出資国となった。しかし、融資の返済が繰り上げられることはなく、返済が終わったのは90年と、ごく最近のことだった。
最近では、2009年4月、世界銀行は新型インフルエンザが発生したメキシコに、その対策費として2億ドルを融資している。
発展途上国に「住宅ローン」「自動車ローン」などを提供し、生活の向上を後押しする「世界銀行」。恒常的な資金不足や、最大の出資国アメリカが融資の見返りに政治的な圧力をかけているといった批判もある。しかし、「貧困のない世界を目指して」というスローガンを掲げるその存在は、世界経済全体の発展を支える上で、極めて大きなものとなっている。