先進国は国際貢献の一環として、政府開発援助(ODA)などの形で発展途上国に資金や技術の援助を行っている。民間企業でも自社の工場を建設したり、技術指導を行ったりする過程で、発展途上国の生産力の向上に力を貸している。こうした取り組みが軌道に乗り、発展途上国の生産体制が整備されると、豊富で勤勉、しかも低賃金という労働力を生かして、先進国よりも安い価格での大量生産が可能となる。強い価格競争力を持った発展途上国の製品は先進国へ輸出され、国内産業のシェアを奪い始める。先進国が発展途上国に行った援助が、ブーメランのように戻ってきて、自国の経済に打撃を与えてしまうというわけだ。
ブーメラン効果の名付けの親は経済学者の篠原三代平(しのはら みよへい)。1970年代初め、日本が支援していた東南アジア諸国からの輸入が激増、国内の繊維産業は窮地に追い込まれた。こうした状況を分析した篠原が、76年の著書「産業構造論」(改訂版、筑摩書房)でブーメラン効果と命名したのであった。
後輩が先輩の地位を脅かすというブーメラン効果は、世界の様々な国の間で発生している。東南アジア諸国からのブーメラン効果で大打撃を被った日本の繊維業界だが、50年代には、第二次世界大戦後の復興を後押ししてくれたアメリカに輸出攻勢をかけて、その繊維産業を壊滅させた歴史を持つ。日本から戻ってきたブーメランで、アメリカは大きな傷を負ったのだ。
近年では中国からのブーメラン効果が強さを増している。繊維に始まり白物家電、鉄鋼など様々な分野で中国製品が日本製品を圧倒、日本のメーカーは苦況に追い込まれている。
ブーメラン効果は先進国のプライドを傷付けるものであることから、しばしば貿易摩擦に発展する。高い関税をかけたり、無意味な輸入規制(非関税障壁)を課したりすることで、発展途上国からの輸入を減らそうとして、発展途上国との間に深刻な対立を引き起こしてしまう。自国の産業と雇用を守ろうと先進国は必死なのだが、こうした行為は自由貿易を阻害するもので、望ましいものではない。「後輩に負けたくない」と仕事の邪魔をするのは、先輩にあるまじき行為なのである。
日本経済は今、アジアの国々からのブーメラン効果に苦しめられている。しかし、それは「先輩」としての宿命でもある。戻ってきたブーメランを受け止め、再び投げ返して威厳を取り戻す。これこそが今の日本に求められている。