マイナス金利が発生した背景には、投資家の極端な不安心理があった。当時の金融市場はギリシャ債務危機問題で激しく動揺、投資家の多くは損失を恐れ、資産を株式や通貨などのリスクの高いものから、国債などのリスクの低いものに移そうとした。「質への逃避」と呼ばれる現象であり、国債の中でもとりわけ信用力の高いドイツ国債に買い注文が殺到したのだ。ギリシャの債務危機という「嵐」を避けようとした投資家が、ドイツ国債という「避難所」に押し寄せたわけだが、国債には販売額という「定員」があり、希望者全員を収容することはできない。このため入札価格は急上昇、マイナス金利という「入場料」を支払った投資家だけが「避難所」に入ることができた。
資金の「避難所」としては、上限金額がなく、価格変動による元本割れもない銀行預金や現金も考えられる。しかし、銀行預金の場合は、預け先の銀行が潰れるというリスクがあった。ギリシャの債務危機の影響が銀行を直撃、経営環境は悪化していただけに、破綻の危険性は小さくなかった。また、個人とは異なり、大きな資金を動かしている投資家の場合、巨額の現金を保有することは非現実的であり、盗難のリスクもある。銀行預金も現金も「避難所」としては不十分であったことから、ドイツ国債へ資金が殺到し、マイナス金利が発生したのだ。
ドイツ国債のマイナス金利は、一時的な現象にとどまっているが、マイナス金利を金融緩和の手段にするという考え方もある。現在、日本経済では巨額のお金が銀行預金や国債などに滞留、株式などの投資や事業を進めるための融資といったリスクの高い投資には回されにくい状況にある。このため、日本銀行が大量の資金供給を実施しても、大半が銀行預金などの「避難所」に直行、金融緩和の効果が生まれずに景気低迷とデフレが続いている。
もし、日銀が預金をマイナスに設定すれば、「銀行預金で損をするのはイヤだ」と、資金が逃げ出して金融緩和効果を生む可能性が出てくる。「避難所」でおびえているお金を、強引に外に出す効果が期待できるのが、マイナス金利だ。マイナス金利を使った金融緩和について日銀の白川方明総裁は、実務的には難しいとしながらも、「理論的なアイデアとしては面白い」と、一定の評価をしている。
マイナス金利は「異常事態」だが、それが現実に発生し、さらには意図的に生み出すべきだとの意見が出るほど、世界経済は苦況に陥っているのである。