おなじみのイソップ童話だ。川に古い鉄の斧を落とした木こりに、ヘルメス神が「落とした斧はどれか」と3本の斧を順番に差し出す。木こりが正直に答えると、ヘルメス神は金の斧も銀の斧も与える。ところが、これを聞いた別の木こりがわざと川に斧を投げ入れ、ヘルメス神が差し出す金の斧を「自分の斧です」と嘘(うそ)をつくと、嘘つきの木こりは自分の斧まで失ってしまう。
正直者は得をし、嘘つきには罰が与えられるというのが童話の教訓だ。
企業にも同じ教訓が当てはまる。企業経営においては、決算などの財務状況を始めとした経営状況はもちろん、自社製品の欠陥や不祥事などのマイナス情報も、包み隠さず公開することが求められる。これが「ディスクロージャー」だ。日本語では「情報公開」となるが、英語がそのまま使われることが多い。
ディスクロージャーが不十分で、企業の経営情報が不完全、あるいは誤りがある場合、まず、その企業の株式を購入する投資家が被害を受ける。企業が業績の悪化を隠していた場合、投資家はだまされたことになるからだ。さらに、その企業の取引先や、製品やサービスを購入している消費者にも影響が及ぶ恐れがある。
こうしたことから、ディスクロージャーを制度として義務付けている国は多い。多くの場合、投資家への正確な情報の提供に力点が置かれていて、日本では金融商品取引法や会社法などによって、ディスクロージャーを制度化している。
金融商品取引法では、上場企業に対して、経営状況や財務状況を詳細に記載した有価証券報告書を、会計年度終了後3カ月以内に金融庁に提出することを義務付けている。会社法でも、貸借対照表や損益計算書などの決算報告が義務付けられている。さらに東京証券取引所では、より迅速な情報開示のために、3カ月ごとの「四半期決算報告」や、業績が大きく変動した場合には業績予想修正を義務付けているのだ。
ディスクロージャー情報を素早く伝えるために、情報の電子化も進んでいる。1998年に稼働を開始した東証の「TDnet」(Timely disclosure network 適時開示情報伝達システム)は、企業が入力した経営情報を、投資家に素早く伝達することを可能にしたシステムだ。企業の経営情報は投資家にとって生命線であり、これを可能な限り早く提供する制度の整備が進められているのだ。
ディスクロージャーでは、情報の正確性も重要だ。どんなに迅速に情報が提供されても、それがあいまいで不正確、あるいは意図的に操作されたものであっては意味がない。こうしたことから、証券取引等監視委員会などが、決算の信憑性を絶えずチェックしているのである。
企業経営者にとって、業績が好調である場合には、ディスクロージャーは積極的に推し進めたいものだ。しかし、業績が悪化した場合には、経営責任を問われることになるため、公にしたくないという心理が働いてしまう。
しかし、ここで業績悪化を隠すなど、ディスクロージャーに違反した行為を行うと、企業に対する信頼は一気に低下する。反対に、決算が赤字で一時的に株価が下がっても、今後の経営方針が明確で、業績回復のシナリオが示されれば、「今が底値で、これから株価は上がるはずだ」と、投資家の期待が集まり、株価が上昇に転じることも多いのである。
「あなたの会社の業績は?」という問いかけに、「大きな赤字を出しています。でも、業績回復の確かな戦略があります」と正直に答えれば、企業には金の斧も銀の斧も与えられる可能性がある。一方で、「黒字で絶好調です」と嘘をつくと、すべてを失う恐れもある。良い情報も悪い情報も包み隠さず公開するというディスクロージャーに徹することは、企業経営の生命線なのである。