1974年10月に行われた世界ヘビー級タイトルマッチ、チャンピオンのジョージ・フォアマンと挑戦者モハメド・アリの一戦だ。試合はフォアマンがアリを開始直後から圧倒、採点は挽回不可能なほど差が開いていた。しかし、もうギブアップかと思われた第8ラウンドでアリが逆襲、劇的なノックアウト勝利を飾った。
「評価損益」とは、ボクシングの採点のようなものだ。株式や債券などの有価証券、不動産や商品など様々な資産について、購入時の価格と現在の価格を比較、それによって発生している利益や損失の額を示すもの。資産を購入、ゴングが鳴って試合が始まったものの、思惑が外れて価格が下落、採点で負けている場合が「評価損」、反対に価格が上昇して採点で勝っている場合が「評価益」となる。
評価損益の算出方法は単純だ。購入時の価格(簿価)と現在の価格(時価)の差に、購入量をかければよい。ある株式1万株を1株500円で購入、その後株価が下がって300円になった場合には200万円の評価損、株価が600円になったら100万円の評価益となる。
資産の評価損益は、企業経営の重要な要素であり、決算に反映させる必要がある。これが「時価会計」と呼ばれるものだ。
ところが、資産によっては評価損益の算出が困難な場合がある。評価損益の算出には、株式の終値のような「時価」が必要だが、株式の中には上場されておらず、取引価格が存在しないものも多い。また、不動産の場合には、不動産鑑定士による評価、公示地価や路線価、さらには実際の取引事例といった様々な「時価」があり、どれを使うかによって評価損益が大きく異なってしまう。ボクシングの採点をしようにも、基準が不明確な場合があるのだ。
この明確な評価基準のないことが、サブプライムローン問題に端を発した世界的な金融危機の一因になっている。サブプライムローンは、住宅ローンの借用証書を一まとめにして証券の形に変えて販売するという手法によって、急速に拡大した。ところが、サブプライムローンの焦げ付き急増を受けてこの証券の取引がマヒ、ほとんど値が付かない状況になってしまった。このため、サブプライムローン関連の証券を保有している金融機関は、リスクを最大限に見積もったタダ同然の価格で評価損を算出、この結果、膨大な損失計上を余儀なくされたのだった。あまりに厳しい採点で、ノックアウト寸前の状況に追い込まれたというわけである。
こうしたことから、金融機関を救うために、緊急の措置として「時価会計を凍結し、評価損の発表を止めるべきだ」との声が上がり始めた。採点をしなければ、金融機関の窮状も覆い隠せるというわけだ。しかし、これは極めて危険な発想だ。評価損益が公表されないと、健全な金融機関にも「危ないんじゃないか?」という疑惑が広がり、危機は一層深刻になる恐れがあるのだ。
劣勢をはね返し、大逆転したモハメド・アリ同様に、評価損がどれほど膨らんでも、最終的に巻き返せば問題はない。しかし、その途中経過も極めて重要だ。評価益が計上されている場合も、その後に価格が崩れて損失に転じる恐れもある。評価損益に過剰反応することなく、しっかりと受け止めて対策を立てる。これが企業経営者、そして投資家にも求められている姿勢なのである。