一部のエコノミストたちが、声高に脅威論を唱えている「ハゲタカファンド」。小説、ドラマの題材になったことも手伝って、その認知度は一段と高まったようだ。
ハゲタカファンドは、資金を集めて企業を買収する「企業買収ファンド」(buy-out fund)の一形態だ。
企業買収ファンドは、狙いをつけた企業の株式を買い集めて、社長を解任するなどして経営の実権を握る。そして、企業に様々な手を加えて価値を高め、最終的には再び売却、経営から手を引き一連のビジネスを終了する。買収金額と売却金額の差が、彼らの利益となるわけだ。企業を大きな船と考えれば、企業買収ファンドは、船に乗り込んで船長を解雇、徹底的に修理した上で、新しい船主に高値で売却するのだ。
様々なやり方がある企業買収ファンドの中で、ハゲタカファンドはかなり過激だ。彼らは倒産、あるいは倒産寸前の企業に狙いを定める。こうした企業は、金融機関から巨額の借り入れをし、それが返せない状況になっている。そこでハゲタカファンドは、金融機関が持っているその企業向けの借用証書を買い取り、代わりに借金の取り立てを行うが、もちろんその企業に返済能力などない。そこで、ハゲタカファンドは、企業をバラバラに解体して現金化する。本社の土地や建物、工場の設備や備品など、金目のものを容赦なく売却、社長はもちろん、従業員も職を失ってしまう。航行不能に陥った船に乗り込んできて、社長という船長も従業員という乗組員も海に放り投げ、使えそうなありとあらゆる備品を取り外して売却、最後には船体を鉄くずにして、これも売却してしまう。企業を解体してスクラップにする「解体屋」が、ハゲタカファンドなのである。
ハゲタカファンドは、狙いを定めた企業の解散価値、つまり、バラバラにした場合の価格をはじき出す。その金額が1億円だとしよう。次に、その企業に融資をしている金融機関から、借用証書を買い付ける。こうした借用証書は、銀行にとっては不良債権であることから、ハゲタカファンドはこれを徹底的に安値で買いたたく。借用証書の購入金額が1000万円だった場合、その後の資産売却が予定通り1億円で行われれば、9000万円の利益が転がり込む計算になる。倒産しかかっている企業を買収して解体するというやり方が、弱っていたり、すでに死んでしまったりした獲物の肉を食べるハゲタカのイメージに似ていることから、「ハゲタカファンド」と呼ばれるようになったのである。
ハゲタカファンドとしばしば混同されるのが、「企業再生ファンド」だ。
企業再生ファンドも、倒産、あるいは倒産寸前の企業を買収する。しかし、彼らの目的は企業の「解体」ではなく「再生」して、再び売却するというもの。沈没寸前の船を沈めるのではなく、再び航行できるように自らの手で修理、新しい船主を見つけて売却するのである。もちろん、買収した企業をすべて再生できるわけではない。再生に失敗し、最終的に解体される場合もあることから、ハゲタカファンドと混同されることがある。しかし、基本的なビジネスのやり方は正反対。旧日本長期信用銀行や宮崎シーガイアなどを手がけたリップルウッドなどに代表される企業再生ファンドを、「ハゲタカファンド」と呼ぶのは、正確ではないのである。
また、ブルドックソースに敵対的買収を仕掛けたスティール・パートナーズなど、経営が良好な企業を狙う企業買収ファンドを「ハゲタカファンド」と呼ぶ人もいる。村上ファンドなどもこうした企業買収ファンドの一つだったが、彼らが狙うのは高い利益をあげている優良企業で、もっと株主に利益を還元するように迫るのだ。死肉を食らうハゲタカではなく、元気に走り回る獲物を狙う「ライオンファンド」と呼ぶべきもので、「ハゲタカファンド」とは明確に区別する必要がある。
ハゲタカファンドが急成長したのは、1980年代後半のアメリカだった。当時のアメリカ経済は、深刻な不況に加えて、住宅ローンを中心とした小規模融資を行う貯蓄貸付組合(S&L)の相次ぐ破たんで、大量の不良債権が発生していた。こうした中で、不良債権をまとめ買いして清算し、利益をあげるというビジネスモデルが確立されていった。バルクセールと呼ばれるこうした購入方法が、ハゲタカファンドの誕生の経緯なのだ。したがって、倒産、あるいは倒産寸前の企業を狙うのが「ハゲタカファンド」なのである。
しばしば悪の権化のように言われるハゲタカファンドだが、彼らが果たす役割は小さくない。不良債権問題に苦しんでいたアメリカが比較的早く立ち直ったのは、ハゲタカファンドが次々に不良債権を処理したためであり、日本の不良債権問題が長引いたのは、ハゲタカファンドが発達していなかったことが一因だという指摘もあるのである。
鳥類事典を引いてみると、「ハゲタカ」は、コンドルやハゲワシなどの通称であり、そんな鳥は存在していないことが分かる。同じように、「ハゲタカファンド」も「企業買収ファンド」の一形態であり、その名前はあくまで通称、自らこの名を名乗っている「企業買収ファンド」など存在しない。「ハゲタカファンド脅威論」が声高に論じられること自体が、専門家も含めて、日本におけるこの分野の理解不足を示していると言えるのかもしれない。