三角合併で日本の企業経営者が恐れているのは、この「ピカソの絵」なのである。三角合併は、外国企業が日本企業を買収する際、日本の子会社を仲介して行う方法。三つの会社が絡むことから三角合併と呼ばれるが、ポイントは、これによって「株式交換」による買収が可能になるということだ。
株式交換による買収は、相手企業の株式を買う場合に、現金ではなく、自社の株式で支払う(交換する)というものだ。
今、買収に必要な資金が10億円だとしよう。通常は、現在の株式保有者に現金を支払って売ってもらうことになる。しかし、株式交換が認められると、例えば買収をしようとしている企業の株価が1万円なら、10億円の代わりに10万株を渡すという方法でも、買収が可能となるのだ。株式は、理屈の上ではいくらでも発行できるし、自分の懐は全く痛まない。これは画家が現金ではなく、自分の絵で支払うことにほかならないのである。
株式交換による買収は、日本企業同士では行われてきた。その典型がライブドアだったが、外国企業については制限されてきた。それが、2007年5月からは、三角合併という形式であれば可能となったのだ。当初は06年5月の解禁であったが、日本企業の経営者から「待ってくれ!」という強い要望があり、1年間延期された。その理由は、海外の企業の株価が高く、日本企業が簡単に飲み込まれてしまうという危機感があったためだ。
例えば、アメリカのゼネラル・エレクトリック社の時価総額(株価×株数)は、松下電器産業の7倍、ファイザー製薬の時価総額は、武田薬品工業の3倍だ。つまり、外国企業の株式は、「ピカソの絵」並みの高値であり、それを使えば、日本の大企業でも簡単に買収されかねないと、経営者たちは恐れているのだ。
しかし、株式交換を使って三角合併を成立させるためには、高いハードルが設定されている。どんなに株価が高くても、現金の代わりに株式を受け取ることにはリスクが伴う。ピカソの絵のように、誰もがその価値を認めている企業の株式ならともかく、ただ値段が高いだけで、その実態がよくわからない企業の株式なら、現金の方が安心という場合もある。また、買収する側も、買収のために新たに株式を発行する場合には、株価の下落を招くなどマイナス面もある。
このため、株式交換が認められるためには、買収する側とされる側の双方の株主総会で、3分の2以上の賛成が必要な「特別決議」をクリアすることが条件となっている。したがって、買収される企業が抵抗する「敵対的買収」の場合、株式交換による三角合併は容易に成立せず、株式公開買い付け(TOB)など、現金を使った直接的な手段が使われるというのが、一般的な見方だ。
こうしたことから、過剰反応すべきではないという声も聞かれるが、初めて導入される手法であることから、不安が尽きないのが現状なのである。
三角合併に神経をとがらせる日本の経営陣は、その防衛策の導入に必死だ。しかし、いま求められているのは「守り」ではなく、自社の業績を拡大し、株価をさらに引き上げるという「攻め」の姿勢だ。それは、「ピカソの絵」を恐れるのではなく、自らがピカソになること。これに成功した時、日本の企業は名実ともに、世界に通用する存在になれるのである。