住民たちが裁判を起こしたケースもあった、住宅・都市整備公団(当時)などによる売れ残りマンションの値引き販売。
新築時に「定価」で購入した住民たちは、同じマンション内の住戸が安く売り出されると、結果的に自分たちの購入した住戸の値下がりを招くとして、強く抵抗した。これに対して販売する側は、人気がない以上、値下げをしなければ売れるはずがなく、当然の経済的な行為だと主張したのだった。
こうしたケースが、企業が増資を行う際にも起こる。
「増資」とは、企業が新たに株式を発行、これを売却して資金を調達することだ。分譲マンションに置き換えれば、マンションを改築して住戸を増やし、新たに販売することに他ならない。その際、ポイントとなるのが、売却価格だ。
増資が行われる場合、通常はその時の株価に準じた価格が適用される。「時価発行」と呼ばれるものだ。これに対して、株価よりも割安の価格を設定して株式を発行、売却することがある。これが「有利発行」である。
分譲マンションで考えれば、市場価格が3000万円なら、増えた住戸も3000万円で販売するのが時価発行で、この場合には、昔からの住民との間に差は生じない。
これに対して有利発行は、市場価格が3000万円の時に、例えば2000万円で売却すること。この場合、後から購入する人が有利になり、不公平が生じてしまう。したがって、有利発行が認められるのは特別な場合であり、様々な制限が課される。
有利発行が行われる最も一般的な例は、増資を行う企業の経営状態が悪く、市場価格では思うように株式を売却できない場合だ。
その一例が、三井住友銀行などを引受先にした三洋電機の増資だ。増資が発表された時の三洋電機の株価は280円ほどだったが、設定された売却価格は70円であった。
この時の増資は、売却先を限定する第三者割当増資で、この値段で買うことができるのは三井住友銀行など3社のみ。この3社は、株式市場で買えば280円程度の三洋電機株を、わずか70円という「特別価格」で購入できたわけだ。
「不公平だ!」と従来からの株主は、当然のように激しい反発の声を上げた。しかし、当時の三洋電機は深刻な経営危機に直面、増資によって経営を立て直そうとしていた。
建物全体が傾いて、今にも壊れそうなマンションを買う人がいないように、経営危機の会社の株式を、喜んで買ってくれる投資家などいない。
そこで、特定の企業や金融機関に対して、特別に安い価格で株式を売却することで、支援を依頼したのだ。三洋電機が3社に対して行った増資の総額は3000億円。会社が倒産すれば、購入した株式は紙くずになってしまう。それだけのリスクを負う以上、安い価格で株式を購入できるのは当然のこと。
倒壊するかもしれないマンションなら、大幅な値引き販売は当然で、新しい住民が増え、マンションを建て直すことができると考えれば、従来からの住民にも納得してもらえるというわけだ。
経営支援の他に、買収防衛のために有利発行が行われる場合もある。
ある企業の株式が、買収を狙う企業や投資ファンドなどに買い占められたとする。これに対抗する手段の一つとして、現在の経営陣を支持してくれる新しい株主(ホワイトナイトと呼ばれる)に対して増資を行い、買収者の株式保有比率を下げようとすることがある。
この場合にも、支援をお願いするという立場上、市場価格より安い価格での増資を迫られることがあるのだ。しかし、こうした有利発行は、現経営陣の保身のためと考えられることもあり、裁判に持ち込まれることもある。
その一例が、ライブドアの買収攻勢にさらされていたニッポン放送が計画した増資だった。
ニッポン放送は、ライブドアの株式保有比率を下げるために、フジテレビなどを対象とした有利発行を計画。これに対してライブドアは、ニッポン放送の現経営陣の保身のためだとして提訴する。裁判所はライブドアの訴えを認め、増資は認められなかったのだ。
こうしたことから、有利発行には厳しい制限が設けられている。通常の増資は、取締役会で決めることができる。しかし、有利発行については、株主総会での特別決議(株主の3分の2以上の同意)が必要とされている。従来からの株主の利益を守るため、十分に納得してもらうことが条件というわけなのだ。
経営支援や買収防衛策の一環として、「有利発行」が行われることが増えている。しかし、特定の人に対する大幅な値引き販売であることから、不公平が生じないように、十分な検討が必要なのである。