筆者の子ども時代、毎年4月に「お小遣い交渉」が行われた。お小遣いは学年が上がるにつれて増える「年功序列」が基本だったが、物価に合わせて値上げ幅拡大を要求したり、「成績が上がった!」とボーナスを要求したりしていたが、要求が実現することは皆無。そんな状況を祖父に愚痴ると、「会社が儲かっているから、給料も増えているはず。原資はあるだろう」と父親に迫ってくれた。「親子で決めることなのに……」と思いながらも、父親は祖父を無視できず、大幅値上げを認めてくれた。
同じことが賃金交渉の場でも生じている。「官製春闘」だ。毎年春に経営者と労働組合がベースアップや一時金、賞与などを巡って交渉する春闘に、「ベースアップは3%!」などと、政府が経営者側に要請するようになっている。これが官製春闘で、父親(経営者)と子ども(労働者)のお小遣い交渉に、祖父(政府)が口出ししているわけだ。
官製春闘を始めたのは安倍晋三政権。賃上げによって消費を拡大させ、より一層の景気拡大とデフレ脱却を実現させたい安倍政権は2013年9月、経済界と労働界の合意形成を図る「経済の好循環実現に向けた政労使会議」で、政府が経営者側に賃上げを要請する。経営者側がこれに応じたことで、14年の春闘では中小企業を含めた賃上げ率が15年ぶりに2%を超えた。「お小遣いを上げてやれ!」という祖父に、父親が応じたわけだ。
政府が春闘に介入する背景には、経営者側が「出し惜しみ」をしているとの認識がある。日本経済は緩やかながらも景気拡大が続き、企業業績も好調だが、経営者は利益を労働者に還元しようとせず、貯金に相当する内部留保ばかり増やしている。内部留保が設備投資などに振り向けられれば、景気刺激になるがその動きも限定的。好調な企業業績を支えているのは他ならぬ労働者の努力であり、「頑張って成績を上げた子どもを評価すべきで、自分の貯金ばかり増やすな!」と考えているわけだ。
官製春闘を経営者側は苦々しく思っている。経営環境は依然厳しく、安易な賃上げは競争力の低下を招く。豊富な内部留保は安定した経営に必要不可欠であり、単にケチっているわけではない。自分たちに判断させて欲しいというのが本音なのだ。
安倍総理は18年の春闘についても「ベースアップ3%」などと具体的な数字を挙げて経営者側に圧力をかけると同時に、賃上げをした企業に対する減税も打ち出した。5年目を迎えた官製春闘に対して、労働組合からも異論が出始めた。17年12月7日付け朝日新聞朝刊によれば、金属労協の高倉明議長は、「労働条件は労使が主体的に決める。(政策主導の賃上げは)もういい加減にしないといけない」として、官製春闘と減税の組み合わせは「アメとムチの短期的な施策」「賃上げできる中長期的な政策を出すのが政府の役割」と指摘している。
親子で行われるべきお小遣い交渉に、祖父が口出しをするのは望ましいことではない。官製春闘という不自然な方法ではなく、経営者と労働者が真摯に交渉して適正な賃金アップを実現させることで、景気という「成績」を持続的に上昇させることが求められている。
官製春闘
[Government-led spring wage offensive]