ある企業が、リストラの一環として本社の証券化を発表した時に、広報担当者が何度も強調した言葉だ。
「本社売却」と報道されると、会社そのものが路頭に迷っているような印象を世間に与える。しかし、本社を「証券化」する場合は、建物をそのまま使い続けることができる上に、本社の売却代金は現金として会社に入ってくるのだ。マジックのように見える「証券化」だが、そのカラクリは、「持ち家」から「賃貸」への切り替えにあるのだ。
「証券化」は、不動産などの資産を現金に換える方法の一つだ。今、企業Aがリストラの一環として、都心の超一等地にある本社の処分を検討しているとしよう。売却予定価格は100億円だ。単純に売却しようとすると、別の場所に本社機能を移転しなければならないし、100億円をポンと出してくれる買い手を見つけるのも容易ではない。そこで「証券化」の登場となる。
「証券化」は、不動産などの資産を、小口の有価証券に分けて商品として売り出し、より多くの人から資金を集めることだ。具体的には、特別目的会社(SPC special purpose company)を設立し、そこに企業Aの本社の土地の所有権を譲渡する。SPCは、その土地の所有権を担保にした資産担保証券(ABS asset backed security)を発行する。この額面金額を、例えば1億円として100口発行、投資家や個人などに販売、企業Aはその代金を受け取ることになる。100億円の買い手を見つけるのは容易ではないが、1億円の債券なら、買い手の範囲は一気に広がるし、買い手も購入した債券の裏付けとして、不動産などの資産があるので安心だ。
一方、企業Aの本社の土地と建物だが、所有権をSPCに譲渡しただけで、引っ越しの必要はない。その代わりに、企業Aは賃貸料をSPCに支払うことになる。つまり、企業AはSPCに、本社の土地と建物を売却すると同時に、賃貸契約を結び、引き続き使い続けるというわけだ。そして、企業Aが支払った賃貸料を、SPCは利息として、債券を購入してくれた人に分配する。今まで住んでいた自宅の「大家さん」を募集、「持ち家」から「賃貸」に切り替えることで、手元に現金が入ってくるということになる。これが「証券化」なのだ。
不動産は「証券化」が最も力を発揮する分野で、いくつかの応用例がある。その一つが、不動産投資信託(REIT real estate investment trust)だ。資産運用会社などが、小口の債券を発行、販売して資金を集めて、オフィスビルなどを買収、そこで得られた賃貸料を「利息」として、債券購入者に配分するという仕組みだ。日本ではJ-REITの名称で多くの債券が発行され、証券会社などで気軽に購入することができる金融商品となっている。その中には、通常の株式や債券と同じように、東京証券取引所に上場され活発に売買されているものもある。
また、金融先進国のアメリカでは、不動産といっても、住宅ローン債権、つまり住宅ローンの借用証書を証券化している。住宅ローンの借用証書を銀行から大量に引き受け、それを担保に債券を発行、住宅ローンの利息の支払いを、債券の利息にあてるのだ。
この中には、信用力が高くないために、住宅ローン金利がより高く設定されている「サブプライム」と呼ばれるローンを対象とした証券化も行われている。利息が高い分、証券化された債券を購入した投資家の利息も高くなるが、同時にローンが返せなくなって、焦げ付くケースも増える。この場合、購入した債券が「元本割れ」することもあり、金融不安を引き起こす危険性も高まるわけだ。事実、2007年の前半以降、アメリカで住宅ローンの焦げ付きが急速に拡大、住宅ローンを担保とした債券の価格が暴落した。これによって、経営破たんに追い込まれる金融機関が続出、サブプライムローン問題として、大きな経済問題へと発展する事態となったのだ。
「持ち家」から「賃貸」に切り替え、現金を手にする「証券化」は、実に便利な金融手段だ。それは、「証券化」を行う側にも、その債券を購入する側にも、大きなメリットをもたらす。しかし、それは同時に、大きなリスクを秘めた金融の最先端分野の一つでもあるのだ。