地方の旧家などに行くと、広い敷地の中に、様々な建物が建てられているのを目にする。その数や規模は、旧家の歴史の深さや豊かさの尺度ともなっているが、企業にも同じことが当てはまる。
企業は成長するにともなって、経営の多角化などを目的に子会社や関連会社を次々と設立し、大きな企業グループを形成する。本社という「母屋」に加えて、子会社という「離れ」が建てられるのだ。そこには「蔵」に相当するものもある。「特別目的会社」(SPC)だ。
SPCは、専任の経営者や従業員を持たず、利益を求めることもないペーパーカンパニーで、企業が保有する資産を、書類の上で移し替えるだけの「蔵」なのである。
SPCに入れられる資産には様々なものがあるが、最も一般的なのが不動産だ。大きな企業になれば、本社はもちろんのこと、支社や工場など多くの不動産を保有している。企業はこれらの不動産の所有権を本社から切り離し、SPCに売却する。「母屋」の金庫に入っていた不動産の権利書を、SPCという「蔵」に移し替えるのだが、なぜ、こんなことをするのか?
企業がSPCを設立するのは、資金を調達するためだ。SPCに、自分の会社の工場用地10億円分の権利書を移したとしよう。これによって、蔵の中には10億円分のお宝が入れられたことになるが、これを蔵ごと売却しようとするのだ。
その売却は「証券化」と呼ばれる方法で行われる。SPCが保有する資産を担保とした証券を発行し、これを投資家に販売するのだ。
10億円の資産を持つSPCの場合、例えば1口1000万円の証券100口を発行し、これを投資家に販売する。これによって、SPCには10億円の現金が入ってくるという仕組みだ。10億円の証券の買い手を見つけるのは容易ではないが、1口1000万円なら買い手の範囲が一気に広がるため、企業にとっては資金調達がスムーズに進むというメリットがある。
一方、証券を1口購入した投資家は、その企業の工場用地の100分の1の「大家」となり、SPCから利息が支払われる。利息はSPCを設立した企業が支払うが、これは証券を購入してくれた投資家という「大家」に対して、工場用地を使わせてもらっている企業が支払う賃貸料に相当するのである。
SPCには様々な形があるが、アメリカでは融資の借用書などがSPCに移され、証券化されてきた。その中には低所得者向けの住宅融資、いわゆるサブプライムローンも含まれていた。銀行などの金融機関はSPCを数多く設立して大量のサブプライムローンを移し、それを元手にした証券を世界中の投資家に販売したのだ。
ところが、このサブプライムローンが大量に焦げ付く。蔵が次々に炎上する事態となったのだ。この火の粉が、母屋である銀行や証券会社本体にも降りかかり、金融危機という大火災に発展してしまったのである。
SPCを巡っては、税率の低いタックスヘイブンに設立されることが多く、税金逃れやマネーロンダリングの温床になっているとの指摘もある。企業本体という母屋から資産を運び入れ、これでお金を調達するという便利な機能を持っている特別目的会社。しかし、サブプライムローン問題などに象徴されるように、厳しい視線が向けられていることも事実なのである。