知人に荒っぽい運転をする男がいる。スピード違反の常習者で何度も事故を起こしているのだが、保険があるので安心だと、懲りる様子はない。自動車保険は本来、万一の事故に備えて入るものだが、この知人の場合には無謀な運転を助長してしまっていた。しかし、「安心を売る」という保険の役割は極めて重要で、生命保険や損害保険から、ゴルフの「ホールインワン保険」など、様々なものが提供されている。
CDS(Credit Default Swap クレジット・デフォルト・スワップ)も保険の一種で、融資が焦げ付いた場合の損失を補償するものだ。銀行がある企業に10億円を融資したとしよう。この企業が倒産して融資が返済されなくなった場合、CDSの契約を結んでいると、保険会社に相当するCDSの引き受け手から10億円が支払われ、銀行は損失を穴埋めできるという仕組みなのだ。
保険の場合と同様に、CDSを購入する側は、保険料に相当する「プレミアム」(スプレッドと呼ばれることもある)を引き受け先に支払う。CDSは、credit(融資)のdefault(焦げ付き)のリスクを、プレミアムとswap(交換)するという意味なのだ。
プレミアムは、融資が焦げ付く危険性に応じて決められる。融資先が業績の良い優良企業であれば、10億円のCDSのプレミアムは10万円だが、経営不振の企業なら1000万円、1億円と高騰して行くわけだ。事故を何度も起こしているドライバーの自動車保険料が高くなるのと同じ理屈だ。
CDSの引き受け手は、大きなリスクを背負う。10億円の融資のCDSを1000万円のプレミアムで引き受けた場合、融資先が融資を返済してくれれば、1000万円はそのまま利益となるが、破綻してしまうと10億円を支払わなくてはならない。CDSの引き受けは、ハイリスク・ハイリターンのビジネスなのだ。
CDSが登場したのは1990年代の半ばだが、プレミアムが高すぎて、あまり普及しなかった。ところが近年、保険会社やヘッジファンドなどの資産運用会社が、新たな資金運用先としてCDSに注目、その引き受け手として積極的に参入するようになった。ハイリスク・ハイリターンの投資であることを承知の上で大量のCDSの契約が結ばれたことで競争が激化、プレミアムが急低下した。手軽に利用できるようになったことで、CDSは一気に広がったのだ。
これは融資を行う金融機関のビジネスチャンスも広げた。CDSのプレミアムが下がり、低価格で保険をかけられるなら、返済能力の低い相手にも積極的に融資できる。これがサブプライムローンと呼ばれる低所得者向けの住宅ローンを急拡大させた。従来は焦げ付きリスクが高すぎてサブプライムローンの実行に及び腰だった金融機関が、これを組み込んだ証券などにCDSによる保証を付けることで安全性をアピール、世界中の投資家に販売することで、融資拡大を可能にしたのだ。
ところが、このサブプライムローンが次々に焦げ付き始め、CDSの引き受け先には「保険金」の支払い請求が殺到、資金繰りが行き詰まってしまったのだった。悪質なドライバーの保険料を下げたことで暴走行為が助長されて事故が多発、保険金の支払いが急増してしまったというわけなのだ。
このCDSの最大の引き受け手がアメリカの保険最大手AIGだった。もし、AIGが破綻してしまうと、補償を当てにしていた他の金融機関や投資家も連鎖的に破綻してしまう。危機感を強めたブッシュ政権は、AIGに公的資金を投入、破綻を回避させたのだった。
CDSは融資を行う金融機関に安心を与える「保険」だった。しかし、これが安易に使われたことで、サブプライムローンの暴走と、焦げ付きという事故を多発させてしまった。世界的な投資家ウォーレン・バフェット氏は、CDSを金融の「大量破壊兵器」だと指摘、その拡大に警鐘を鳴らしていた。その危ぐが現実となったのが、2008年の世界的な金融危機なのである。