会社員になりたてのころ、私は同僚にお金を貸した。お金に余裕があるわけではなかったが、カード決済日までに返済してもらえば大丈夫だと判断したのだ。
ところが、返済日が迫ったある日、同僚は約束の日までにお金を返せないかもしれないと言い出した。このままでは、私自身のカード決済ができなくなる。慌てた私は定期預金を解約、カード決済に備えるはめになった。
「貸し倒れ引当金」は、私が支払いに備えて取り崩した定期預金に相当する。
企業は様々なお金の貸し借りをしているが、もし貸し出しているお金が予定通り返済されずに「不良債権」となった場合、今度は自社の資金繰りがつかなくなり、場合によっては倒産という事態に陥りかねない。そこで、企業はこうした事態に備えて、資金を手当てしておく場合がある。これが「貸し倒れ引当金」、“loan loss reserve”(ローンが損失になった場合に備える)という英語の方が分かりやすいかもしれない。
「引当金を積む」「引当を行う」といった表現がされる貸し倒れ引当金だが、これを特に重要視しているのが銀行である。銀行は融資が本業であり、期限通りに返済されるか、さらには融資先が倒産して回収不能になるかといったリスクは、経営の根幹にかかわる問題だ。そこで、銀行は融資先の経営状態を詳細に把握、必要に応じて貸し倒れ引当金を積んで、リスクを管理しているのだ。
今、ある銀行が企業に10億円を融資しているとしよう。この企業の業績が悪化して融資が不良債権化、期限通りに返済されない可能性が高まっている場合、銀行はその危険度に応じて貸し倒れ引当金を積む。「不良債権の自己査定」と呼ばれるもので、貸し倒れ引当金は、その自己査定によって額が決定される。
融資返済に不安のない企業向けの融資については、もちろん、貸し倒れ引当金はゼロだ。しかし、経営破綻の可能性が高い「破綻懸念先」に分類されると融資額の70%(この企業の場合7億円)、さらに状況が悪く事実上倒産していると判定される「破綻先・実質破綻先」に分類されると、100%の貸し倒れ引当金、つまり10億円を計上することになる。融資先が倒産したので、銀行自身の資金繰りも行き詰まり、連鎖倒産という事態に陥らないための措置なのだ。
しかし、貸し倒れ引当金の計上は、あくまでも融資が返済されない場合に備えた会計上の処理。決算では損失に認定されるが、実際にお金が出て行くわけではない。私が同僚から返済を受けられない場合に備えて、定期預金を解約するのが貸し倒れ引当金の「計上」で、同僚から実際に返済を受けられなかった場合、それを使って支払いをすることで、損失が確定するというわけだ。
したがって、もし、予定通り融資が返済されると、貸し倒れ引当金は不要となる。私が同僚から予定通りお金を返してもらった場合、解約しておいた定期預金は不要となり、再び預けることになる。企業会計では、「貸し倒れ引当金戻し入れ」という処理が行われ、損失は元に戻されることになる。
まさかの時に備える貸し倒れ引当金。これをしっかり積むことができる銀行や企業は、それだけ財務体質が強固だということにもなる。お金を返してくれない場合に備えた余裕があるかどうか…。「貸し倒れ引当金」は、企業の財務状況を見る上でも、重要なポイントとなっているのである。