日本経済を大きな旅客機、消費や設備投資などの経済活動をそのエンジンとすると、貨幣は「燃料」に相当する。燃料が十分に供給されていれば、エンジンの出力も強くなって機体が上昇し、景気が良くなる。反対に燃料の供給が不十分だと、エンジンの出力が低下、機体が下降して、景気が悪化する。
この貨幣の量を示すのが、マネーサプライ(貨幣供給量)であり、旅客機のコックピットに取り付けられた「燃料計」ということができる。
貨幣の供給源は、中央銀行である日本銀行(日銀)だ。日銀は、銀行を中心とした金融機関に貨幣を供給、銀行はそれを企業や個人に融資する。融資を受けた企業が機械を購入するなどの設備投資を行えば、機械を製造した企業に売却代金としての貨幣が流れる。また、個人が銀行から融資を受けて自動車を購入した場合には、自動車メーカーに貨幣が渡り、従業員の給料や新たな設備投資となって、さらなる流れが発生する。日銀が供給した貨幣は、こうした様々なプロセスを経て、経済全体に行き渡っていくことになる。
日銀が供給する貨幣が、流通している貨幣の源になることから、これをマネタリーベース(monetary base)、あるいはハイパワードマネー(high-powered money)と呼んでいる。
さて、一言で貨幣といっても、様々な種類がある。まず頭に浮かぶのは、紙幣や硬貨などの現金だが、それだけではない。銀行に預けてある普通預金や当座預金も、すぐに引き出せることを考えると、貨幣と同じ機能を持っていると言えるだろう。また、定期預金も少々手続きが必要だが、貨幣と考えることができるだろう。あまりなじみがないが、他の人に自由に譲ることができる譲渡性預金(CD certificate deposit)も、通貨としての大きな役割を果たしている。
こうしたことから、マネーサプライにも、いくつかの種類がある。最も基本となるのがM1で、現金(紙幣と硬貨)に普通預金と当座預金を加えたもの、これに定期預金と外貨預金を加えて範囲を広げたものがM2、さらに、郵便貯金と農協や信用組合の預貯金、金銭信託を加えたものがM3となる。このほかに、投資信託や国債などに範囲を広げたものを「広義流動性」と呼んで、マネーサプライの範疇に入れられている。
これらの中で、景気との関連性が最も高く、重要視されているのがM2に譲渡性預金を加えた「M2+CD」。通常、マネーサプライと言えば、この数字を示している。
しかし、近年はクレジットカードに加えて電子マネーが急拡大、新たな金融商品も次々に登場するなど、「貨幣」の姿は大きく変わり始めている。このため日銀では、マネーサプライ統計の全面的な見直しに着手、名称もマネーストック統計に変えて、新しい集計方法に移行する計画だという。
マネーサプライのデータは通常、残高そのものではなく、前年の同じ月との比較で何%増加したか、あるいは減少したかで示される。マネーサプライが大きく伸びれば、潤沢な燃料が行き渡り、旅客機のエンジンの出力アップ、そして景気の拡大が期待できる。一方で、マネーサプライが減少傾向になると、燃料不足となって、景気が悪化する恐れが出てくる。
しかし、マネーサプライが増加すればするほど良いわけではない。必要以上の燃料が供給されてしまうと、経済(機体)が過熱し、インフレという火災が発生する恐れがあるのだ。このため、日銀はマネーサプライという燃料が適切に供給されるように、その源であるマネタリーベースを調整するのである。
ところが、マネーサプライは、日銀のマネタリーベースだけで決まるわけではない。景気が良くなれば、融資が活発になって自然に増えるし、反対に景気が悪化すれば減少してしまう。
バブル経済では、日銀がマネタリーベースを落としても、銀行が積極的に融資を行ったことで、マネーサプライは大幅な伸びを示し、これがバブルを一層膨らませた。一方、バブル崩壊後の景気低迷局面では、日銀がどんなにマネタリーベースを増やしても、企業の資金需要が鈍く、マネーサプライは思うように増えなかった。
マネーサプライは、日銀が思いのままに操ることができない、厄介な性質を持っているのだ。
マネーサプライという燃料計は、日本経済という旅客機の飛行状況(景気)に、敏感に反応する重要な計器だ。日銀は燃料計を見つめ、貨幣の源であるマネタリーベースを調整するレバーを握りながら、適切な貨幣量を供給しようとしているのである。