先日、中国のIT企業ByteDance(バイトダンス)社(北京字節跳動科技)で働く、若い中国人女性のトークイベントに出かけた。日本で大学を出て商社で働いた経験もある彼女のSNSでの発信に、以前から注目していたからだ。
そこで話された「中国のハイテク産業のいまとこれから」については近々、書籍化されるそうなのでまた改めて取り上げるとして、彼女の言葉で印象に残ったものをひとつだけ記しておこう。
「中国のいまを見ると、日本の1年後、1年半後がわかると思いますよ!」
つまり、中国はハイテク技術やその普及においては、日本の1年先、1年半先を行っている、という意味だ。これはどういうことなのか。
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その話の前に、彼女が働く中国の企業ByteDance社について、簡単に説明しておこう。ByteDance社は、日本ではTikTok(ティックトック)という名で知られる短尺の動画投稿アプリを提供している会社だ。TikTokには世界版(日本版もこれに含まれる)と中国国内版があるが、世界版はアプリ頒布のアップルストアでダウンロード数1位を記録するなど、メジャーなサービスになりつつある。
しかし何といってもすさまじいのは中国国内版で、毎日必ずアクセスするデイリーアクティブユーザーは2.5億人超え、その1日の利用時間の平均は40分だという。つまり、日本の人口の2倍以上の数の人びとが、来る日も来る日も40分ずつ、一般人や企業が投稿した短い動画を見ているのだ。
では、その内容はどんなものなのか。中国版アプリをダウンロードしてのぞいてみると、まず目につくのが一般の人たちが投稿した“おもしろ動画”だ。赤ちゃんとネコがたわむれていたり、お年寄りがちょっとしたイタズラをしたり、言葉なしでもクスッと笑ってしまうような動画があふれている。ほかには簡単な料理の作り方やスニーカーの汚れを取る方法など、生活に役立つ豆知識も多い。かと思うと、中国共産党青年団が勇壮なマーチを演奏する動画や小学生のための漢詩の朗読といったまじめなコンテンツもある。
TikTokの特徴は、AIが徹底的にユーザーの嗜好性を分析し、次々におすすめ動画を流してくることだ。こちらから見たい動画の種類を検索ウィンドウに打ち込むこともほとんどなく、「そうそう、こういうのがもっと見たかったの。どうしてわかるの?」というような動画が勝手に流れる。中には「これは違うな」というものもあるので、その場合はスキップする。するとますます自分の嗜好性が正確にデータ化されることになる。
そうやって流れてくる動画を見ていると、たしかにあっという間に10分、20分と時間が経過する。たとえば漢詩の朗読動画を見ていて「この言葉の意味、もっと深く知りたいな」と思っても、次に屋台ですごいスピードでシュウマイを作るおばあさんの動画が始まれば、それに目が釘付けになる。それがどこの地域のどういう特徴を持つシュウマイなのか、そのおばあさんはどんな人生を歩んできたのかは、30秒ほどの動画ではまったくわからない。ただ「うわ、すごい。1分に20個はシュウマイ作ってるよ」と、目の前の“できごと”に驚くだけなのだ。
画像として目に飛び込んでくる“いまのできごと”が、関心のすべてになる。そのうち「この人のこれまで」とか「このことの背景」に対する興味が、どんどん薄れてくるのを感じる。この感覚は、TikTokを毎日使う2.5億人以上の中国の人にも広がっているだろう。
中国はいま、国をあげて5G(第5世代移動通信システム)の普及に取り組んでおり、かなり多くの人たちがスマホを5G対応機に替えているという。そうなると人びとはさらに気軽に、動画を見たり発信したりできるようになっていくのは間違いない。
日本では、NTTドコモなどが2020年中の国内の5Gサービス開始を目指している。対応機種が売り出され、一般のユーザーが使い出すのはさらに後。そうなると、中国ですでに始まっている5G時代、動画中心時代が日本にやってくるのは、たしかにこれから1年後か1年半後、場合によってはもっと後になるだろう。
これが冒頭で紹介した中国人女性の言葉の意味である。
そしてそれは、システムだけではなく人びとの意識も現在の中国と同じようになることを意味しているのかもしれない。つまり、日本でも「やり取りの基本は動画」になり、画面に映る「いま起きているできごと」に人びとの関心が集中し、一方でそこに至る経緯、背景などへの関心がどんどん希薄になる可能性がある、ということである。さらに、TikTokのようなAIによるリコメンド機能がいま以上に普及すれば、ユーザーは何かを自分で探すことさえしなくなり、自分の嗜好性を分析して送られてくるコンテンツをひたすら受け入れるだけになるのではないか、とも予測できる。
しかし、そういった中国の現状を知った日本の人たちが、「それは問題だ。文字の文化は守らなければならないし、“いまここでのできごと”を語る上でも、経緯や文脈や背景、ひとことでいえば『歴史』を忘れることがあってはならない」といくら警鐘を鳴らしたところで、「では、日本では5Gを導入し、普及させるのはやめましょう」という選択がなされることはないだろう。中国に1年半遅れながら、日本でも爆発的な「動画化」、「脱文字化」、「受け身化」が起きることは、もう不可避だと言ってもよい。
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いや、すでにその動きは始まっているのかもしれない。日本ははっきりと変化しつつあるのだ。
この夏はそのことを考えさせられた。
直接のきっかけはふたつある。ひとつは社会的なことで、もうひとつは個人的なことだ。「社会的なこと」とは、3年に1度の国際芸術祭、あいちトリエンナーレの企画展のひとつである「表現の不自由展・その後」が、8月1日の開幕からわずか3日で脅迫を含めた抗議の殺到により展示中止に追い込まれたことだった。展示は10月8日に再開されたが、75日間の会期中、展示が行われたのはわずか10日間という異例の事態となった。
この問題は多くのメディアで取り上げられてきたのでここでは詳述しないが、展示中止を余儀なくされるほどの脅迫、抗議が集中した作品のひとつは、韓国で「平和の少女像」と呼ばれる、チマチョゴリ姿で肩に小鳥をとめた少女がベンチに腰かけている彫像だ。もともとこの像は、韓国・ソウルで毎週、行われている、旧日本軍による従軍慰安婦問題の解決を訴える集会が1000回を迎えたのを記念して作られたものだが、その後、世界の都市で同じ姿の像を設置する動きが広まった。
日本政府は、韓国が朴槿恵政権時代にあった2015年12月に日韓合意に至り、従軍慰安婦の問題に関しては「最終的かつ不可逆的な解決」を確認したという立場だ。しかしこの合意についてはその後、「元慰安婦の声が反映されていない」など韓国国内から不満の声が上がり、両国間の関係に影を落としている。
また、もし政治問題として「最終解決」がすんだとしても、旧日本軍が戦時性暴力を働いたという歴史的事実が消えてなくなるわけではない。将来的にこのような悲惨な事態の再発を防ぐためにも、「語り継いでいく」という営みは必要だろう。もちろん、それは日本にとっては耳の痛い話ではあるが、加害側が“見ない、聞かない”という態度でいっさいを“なかったこと”にするわけにはいかないのだ。
「表現の不自由展・その後」では、その「平和の少女像」の展示とともに、たとえば「元慰安婦の方々によるスピーチ」といった、より政治的なアクションが行われる予定はなかった。あくまで、ひとつの芸術作品として作られた少女の彫像が、過剰な政治的意味の中に置かれてさまざまに解釈されてしまうことじたいを鑑賞者に考えさせる、というのが展示の目的であったと思われる。
ツイート出典一覧(2019年10月28日時点)
(1)https://twitter.com/rkayama/status/1169827645032288257?s=20(2019年9月6日)
(2)https://twitter.com/ZEKE41481311/status/1171189872582750209?s=20(2019年9月10日)
(3)https://twitter.com/kei_nakazawa/status/1170929040011563009?s=20(2019年9月9日)
(4)https://twitter.com/kei_nakazawa/status/1170931721111404545?s=20(2019年9月9日)
(5)https://twitter.com/kei_nakazawa/status/1170931722470313991?s=20(2019年9月9日)
(6)https://twitter.com/rkayama/status/1171373386624167937?s=20(2019年9月10日)
(7)https://twitter.com/MitsuruSwiftie/status/1171380695911911425?s=20(2019年9月10日)
(8)https://twitter.com/oput3HXSKB1hwND/status/1171376274461167616?s=20(2019年9月10日)
(9)https://twitter.com/fukutunonihon/status/1171380829399830529?s=20(2019年9月10日)
(10)https://twitter.com/oput3HXSKB1hwND/status/1171382782783700993?s=20(2019年9月10日)
(11)https://twitter.com/lga771/status/1172116487416369155?s=20(2019年9月12日)