近代文学で、この江戸の戯作を引き継いでいるのが、永井荷風と、谷崎潤一郎だと思います。彼らも主人公(語り手)を主体として設定しているようで、客体として書いていたんですよね。作者の主張とかないですから。この書き方を現代でも取り戻す必要がありそうですね。
鴻池 いや~身につまされるな。僕は自分にこだわり過ぎていたな。
小説を読んで反面教師にして欲しい
鴻池 僕がいま小説を書いていて気になるのは、いまの時代はウソやフィクションに対する構えが読者や受け手側から失われている気がするんです。〝本当のこと〟〝真実〟というものの価値が異常に高いというか……。
川本 確かにすぐに現実と混同して、たとえば作者とフィクションの登場人物を同一視して、「こいつ、とんでもないこと言ってるぞ!」とネットで〝炎上〟したりしますね。
鴻池 あれ何が楽しくてやってんだろ。
川本 私もやられましたよ。「『ジュリアン・バトラー』は、「オカマ」とか使いまくりやがって、この作者は、過去をよみがえらせることで、差別を復権させようとしてるんじゃないか」みたいなことをブログに書いていた読者がいました。
鴻池 へえーっ。
川本 無視です。
鴻池 ははは(笑)。でも羨ましいな。僕は読者に怒られたい願望があるんです。
川本 タブーを踏み破りたい?
鴻池 うん(笑)。「これ書いたら怒られるだろうな」って思って書いているとき、興奮しちゃうんですよ。
川本 それはわかります。私もけっこう『ジュリアン・バトラー』でひたすらワル乗りしましたから。我々、小説家ですから「これ書いたら怒られるだろうな」と「これ書いたら読者は面白がるだろうな」というところで、常にチキンレースしているんですよね。基準は小説が面白くなるかどうかだけ。差別がしたいわけじゃないんですよ。差別しても何も楽しいことないですから。
鴻池 そうです。あと、「こういうこと言うよね」っていうキャラには、どうしてもキツイ言葉を使わなきゃいけないときもある。そこらへんわかってくれよですよ。
川本 いま、こういう葛藤を持っている小説家がどれぐらいいるんですかね。なんか最近は、〝流行のテーマにのって、読者に小説で説教がしたいのね〟と思わせる作品が多い気がするんです。
鴻池 ほんとクソですよ。
川本 私は前にどこかの文芸誌で、現代小説が〝訓話〟になっていると批判したんです。〝訓話〟なんか読みたくないぞと。つまり、結論ありきで、「女性やマイノリティは差別されてかわいそうなので、みんな正しい行いをしましょう」みたいなことを言いたいんでしょと。そう思わされるような小説が多い。そういう結論ありきではなくて、小説はもっと人間の奥深くまで迫って書かないといけないんですよ。つまり、鴻池さんが「わがままロマンサー」という作品で書かれたように、性欲がすごくて、夫のアナルを狙うような女性の心情を描くとか、私も『ジュリアン』で書いたように、マイノリティ同士が相手を陥れたがるような心性を持っていて、殴り合っちゃうくらいの関係性を書くとかね。そんなの属性に関係なく誰にでもある感情でしょう。そっちを書いたほうが読んでいて楽しいですよ。読者に説教するなんて失礼です。
鴻池 小説って人の欲望とか、汚い部分を書くことで輝くことが多いですよね。
川本 小説家はそんなに立場が強いわけじゃないけど、書くことの加害性ってあるじゃないですか。
鴻池 ええ、表現ってどうしても暴力的なところがありますからね。
川本 だから、もっと加害者として書くべきですよ。なんか加害者として「気に病んでいるんで、悔やんでいるんで、私はポリコレを必死で守るんです」じゃなくて(笑)。こんなむちゃくちゃなことをしてしまいましたと書いて、読者に「こいつはクソだ!」と思われたほうがいい。小説を読んで、読者に反面教師にしていただくのがいいんですよ。
鴻池 いまや小説家が、反面じゃなくて〝教師〟そのものになってますからね。僕は学校嫌いだから文学の世界に入ったのに、また学校みたいでがっかりしましたよ。
川本 小説はウソなんだから、真に受けないって大事ですよ。
鴻池 ほんとそう! SNSが一般化して以降、フィクションなのに真に受けて過度にモラルにこだわる人が増えましたよね?
川本 モラル、モラルとこだわり過ぎて、逆に人としての最低限の礼儀を欠いている人が多い気がします。いま昭和の古い価値観とか批判されるけど、あの時代の特に言論人は確かに野蛮かもしれない。だけど、喧嘩する相手にリスペクトがあった気がします。いまはSNSを中心に相手のことなど関係なく徹底的に叩く。どっちがいいかわからない(笑)。
鴻池 いまのほうが逆にモラルが低下しているかも(笑)。
川本 かつて「純文学を書いたり、読んだりする人は1500人しかいない」とか言われていましたよね。でも、SNSによって誰でも発信できるようになって、有象無象が増えただけなんじゃないですか。ろくに読みもしないのに、適当にSNS上で見かけて「許せん!」と吠えているだけですよ。言い方悪いですけど、「お客じゃない」っていうことです。純文学は万人に開かれているものじゃない。
鴻池 そうはっきり言ってくれる人がいて安心します。